本インタビューは、日本で最も価値を創造するリーダーたちを特集する「卓越したCEOの軌跡」シリーズの一環です。このシリーズでは、大胆な目標を掲げ、それを実現するためのリーダーシップの在り方を探ります。
1961年の創業以来、ユニ・チャームは日本国内だけでなく、約80の国と地域に事業を展開し、アジアを代表する衛生用品メーカーとして成長を続けています。現社長である高原豪久氏は、創業者で父である高原慶一朗氏から社長を引き継いだ2001年以降、自身の経営哲学「守破離」の思考を基盤とした経営改革を進めてきました。世界に誇る日本のトップリーダーとして、企業の舵取りをどのように行ってきたのか、リーダーシップの秘訣をマッキンゼー日本代表の岩谷直幸とCEO研究グループ日本統括の北條元宏が聞きました。
ミッションに基づく「北極星」となるビジョン:「正しい意思決定を導くためのユニ・チャームウェイ」
岩谷直幸(以下岩谷、略称):まず初めに、ユニ・チャームが掲げるミッションに基づく「北極星」、すなわち将来の方向性を示すビジョンについてお伺いします。ユニ・チャームは、共生社会の実現を目指し、生活者の皆様の負担からの解放、心と体をやさしくサポートする商品、お一人お一人の可能性を掲げておられます。これらの背景や、そこに込められた想いについてお聞かせいただけますか。
高原豪久(以下高原、敬称略):まず、ミッションやパーパスを設定する目的は、企業として「正しい決断」を行うためにあると考えています。誰にとって正しいかというと、様々なステークホルダーです。
現在、ユニ・チャームが掲げているパーパスは、SDGsの実現に寄与することです。パーパスであるSDGsの実現は、3つの要素に因数分解され、ミッション・ビジョン・バリューがピラミッド型の体系として整理されています。
基盤となるバリューは「ユニ・チャームウェイ」と呼ばれるもので、経営の方法論を体系化したものです。物理的にはブック形式になっているのですが、この中には組織開発や、自己革新の方法論、ユニ・チャーム語録や、戦略開発と戦略実行のプランニングの方法論、リスク管理などが含まれており、経営者や社員が携帯し、意思決定や日々の業務において指針として活用していました。今はブック形式からスマホアプリにしてグローバル展開し9種類の言語に翻訳しています。それが基盤となるバリューとして位置付けられるものです。
ビジョンというのは文字通り視野の話なので、事業領域を規定しています。「NOLA&DOLA」は「不快を快に、さらには夢の実現をサポートすること」です。
ミッションは「共生社会の実現」です。これを目的に自分たちの存在意義を発信していこうと、創業20~25年頃に策定しました。昨年・2024年から「NOLA&DOLA」を「Love Your Possibilities」というメッセージへとより分かりやすく進化させ、今年・2025年よりコーポレートブランディングを本格化させています。
岩谷:ミッション、ビジョン、バリューを構築し、組織内に浸透させていく過程では、多くの議論や取り組みがあったかと思います。そのストーリーやエピソードについてお聞かせいただけますか。
高原:私の父は創業者で、0から1を作り上げた経営者でした。一方、それをどうスケールさせていくか、という段階においては「守破離」の経営スタイルが重要だと考えています。基本を学び、教えを忠実に守り、型を正しく習得する段階である「守」、次に基本を身につけた後、優秀な人たちの成功の手段やノウハウを学び、応用を始め型にして展開していく段階の「破」、そして新たな挑戦を始める段階の「離」をスパイラルで繰り返すものです。これが、ユニ・チャームのバリューとして位置付けている「共振の経営」です。
ユニ・チャームのミッション、ビジョン、バリューの浸透を振り返ると、最初の「守」の段階、つまり基本ルールの策定は、徹底したトップダウンによって進められました。パーパスを設定する目的は正しい意思決定を行うためのもので、企業として勝ちにつながるものでなければならないので正しいルールを策定する必要があります。この「守破離」の「守」を具現化したのが、ユニ・チャームウェイです。
このユニ・チャームウェイ浸透の取り組みは2003年頃に開始しましたが、いきなり全社員に伝えても理解や浸透が十分に図れない可能性があるため、まずはトップダウンで役員や本部長クラスの約50名を対象に導入し、次に管理職、最終的には新入社員へと段階的に広げていきました。このプロセスには2~3年を要しました。いきなり全社でやると食わず嫌いもありますし、伝言ゲームによる誤解のリスクを伴うため、段階的な導入が不可欠であると判断しました。
ただし、トップダウンで進める際には、同調圧力や面従腹背のリスクに気を付ける必要があります。表面的には型を守ろうとしているように見えても、実際には理解が伴っていないケースも散見されます。これを防ぐためには継続的な対話を通して、お互いに理解しあったところの重なりを増やしていくことが重要です。たとえ何十年にわたり共に働いていたとしても、考えが100%同じというのは絶対あり得ないという前提のもとに、お互いが理解している部分、重なりがある部分を徐々に増やしていく必要があります。
ステークホルダーとの積極的な連携:「全ステークホルダーが経営資源」
岩谷:日々、多様なステークホルダーと関わりながら経営を進められているかと思いますが、ステークホルダーとの関わりにおいて意識していることについてお聞かせいただけますか。
高原:ユニ・チャームが関わるステークホルダーは、まず商品やサービスを使っていただく顧客が中心となりますが、それに加えて社員、お取引先様、株主、さらには競合企業も含めて、すべてがステークホルダーであると捉えています。
まず、顧客との関係において、私自身が心がけているのは「一次情報に触れること」です。消費者の購買の瞬間と立ち会うべく店頭を訪問したり、研究開発やモニタリングの現場に足を運んだり、訪問調査に同行することもあります。経営トップの立場になると加工された情報が増えてしまうので、数字だけではなく、現場で顧客の実際の反応を見て判断するように心がけています。
次に社員との接点については、極めて意識的に取り組んでいます。毎日実施しているのはユニ・チャームの1,600名以上の社員一人ひとりに送るバースデーメールです。このメールには、私自身の問題意識や会社の課題、今年の方針といった内容も盛り込んでおり、お祝いをきっかけとすることで、社員に違和感を与えずに自然にメッセージを届けることができます。また、社員からの返信は、貴重なフィードバックの場になっています。「結婚します」「子どもが生まれました」といったプライベートなものもありますが、「この点に課題があるのでは」「ここは改善すべきではないか」といった意見も寄せられます。もちろんすべてが正しいとは限りませんが、社員からの声を直接聞ける重要な機会であると感じています。
また、オンラインでの社員との議論の場も設けています。現場で課題意識を持つ社員、あるいはバースデーメールの返信で問題提起をしてくれた社員を、4~5人程度選出し、毎週、それぞれの問題意識を発表して、私を含めて議論を深めています。オンライン形式を採用することで、海外や地方勤務の社員、若手社員等、本社では接点を持ちにくい社員とのつながりもできるようになりました。
さらに、お取引先様との関係においても重要視しています。私自身、これまで営業職や購買職など、お取引先様との接点を持つ業務を経験してきました。その経験を活かし、現在もお取引先様との関係を深めるための時間を意識的に確保しています。
株主との対話は、2001年に社長になって24年経過しますが、社長職に就任する以前よりIRを担当しており、現在に至るまでこの活動を続けています。特にヨーロッパやアメリカの投資家とは、毎年決算前の 11月から12月にかけてミーティングを行っており、四半世紀以上続けてきました。最初は、「ユニ・チャームとはどのような企業か」「事業ポートフォリオの構成」「ユニ・チャームのアドバンテージというのは、赤ちゃんから高齢者、さらにはペットまで含めたこの多様なポートフォリオです。どんな環境変化に対してもアジャイルに対応することができれば、非常に頑丈な打たれ強い事業である」という話をしていました。少子高齢化は高度成長期の1960年代からスタートしており、今後も高齢化が進行することは予見されていたため、人口動態の変化に従ってポートフォリオを変化させていくという方針も併せて伝えておりました。短期的な業績説明にとどまらず、中長期のビジョン・ストーリーをしっかり伝えるということを直接行っています。
また、我々は競合企業も経営資源と考えます。競合の存在がなければなかなか自分たちも成長しません。近年では、競争環境もどんどん変化しています。異業種からの参入や、中国企業の台頭など、競争環境は急速に変化しています。特に中国企業はハイテクIT分野だけではなく当社が属する衛生用品産業においても急速に成長しています。
北條元宏:経営者には理念の構築だけでなく、資本市場や短期的な財務指標への対応も求められ、理念と実務のバランスが非常に難しいかと思います。財務指標を求める資本市場への対応、特に事業経営と企業経営のつながりをどのように考えられているかお聞かせいただけますか。
高原:自戒を含めて申し上げますが、「伝える力」がまだ十分ではないと感じています。ステークホルダーは非常に多様で、投資家やアナリストの中にも業界に精通している方もいれば、そうでない方もいらっしゃいます。同じ説明を繰り返す必要がある場面もありますが、それでも「100%伝えきること」は難しいと考えています。人はそれぞれ異なる背景を持っており、すぐに理解されることはないという前提に立つと、時間と情報量を惜しまず、粘り強く伝え続ける姿勢が重要です。また「人を見て法を説く」という言葉があるように、相手が何を求めているのかを理解し、それに応じた説明を心がけています。
また、投資家の皆さまにどのように伝わっているかは分かりませんが、「ユニ・チャームウェイ」は戦略の実行を担保するためのツールです。戦略の結果を保証することはできませんが、実行を確実にする仕組みは整えています。戦略が正しく、さらに実行も正しければ成功確率が高まります。そうした構造により、継続して成果につながると考えています。
社内への浸透という観点では、「戦略担当秘書制度」という制度を導入しています。この制度は、現場の社員が2か月間、私と行動を共にする制度です。戦略担当秘書は私の思考や価値観を吸収したうえで現場に戻り、社長や幹部の発信内容を現場の言葉で展開するアクセラレーターとして機能します。この制度はすでに10年以上継続しており、戦略担当秘書経験者が核となって組織力の強化を担っています。
イノベーションの推進力:「動機と優位性を軸にしたイノベーション」
岩谷:続いてイノベーションについてお伺いします。ユニ・チャームはこれまでに様々な商品を展開されていますが、どのようなお考えでイノベーションを推進されているのかについてお聞かせください。
高原:まずイノベーションを考える上で、最も重要なのは、「動機」と「優位性」があるかどうかです。「動機」とは、ユニ・チャームがその取り組みを行う意義が本当にあるのか、この点に非常にこだわって考えます。我々の商品は、すべてパーパスに基づいた大きな方向性の中に位置づけられています。ただし、社内で議論する際にはシーズ発想(企業が持つ技術や資源を基に そこから新たな商品や事業のアイデアを生み出す発想法)であったり、必ずしも顧客起点ではなく、技術起点での発想が先行したりするケースもあります。それ自体は有意義な議論がなされますが、最終的な意思決定においては、「それは誰のためのものか」「ユニ・チャームが本当にやるべきことなのか」を重視します。他社の方がより高い成果を出せる領域であれば、貴重な経営資源を投入するべきではありません。ユニ・チャームの方が他社よりも優位性を持って取り組める領域に集中する。この発想がなければ、イノベーションは恐らく絵に描いた餅で終わってしまいます。
例えばRefF(Recycle for the Future)プロジェクトという、使用済み紙おむつ・紙パンツの材料をリサイクルし、それをまた製品に活用するという水平リサイクルの取り組みを10年以上前にスタートしました。現在徐々に実装を進めている段階ですが、今後はスケールを拡大し投資回収をする必要があります。その実現可能性を左右するのも、やはり「動機の正しさ」と「優位性の確保」にかかっています。使い捨ての商品を主流に置いているメーカーとして、それをリユース、リサイクルするという動機は正当であると考えています。将来的には使い捨ての商品を中核に据えること自体が難しくなるという危機感もあります。材料をリユースして、CO2の排出や、森林資源の伐採を少しでも抑えるということに価値を感じる消費者が徐々に増えており、通常の商品より多少価格が高くてもその価値に共感し、選んでいただけるのではないかと考えています。
岩谷:イノベーションの推進を含めた様々な意思決定を行う中で、リスクを取るということは避けて通れない課題だと思いますが、リスクをどのように捉え、意思決定をされているのでしょうか。
高原:ユニ・チャームのポートフォリオはそもそもリスクに強いと考えています。リスクに対する哲学というと、私は「守破離」だと思います。まずは「守」の段階で、型をトップダウンで落とします。普遍的なキーワードを使って、哲学を実務に変換し、フレームをつくる。次に「破」の段階では、そのトップダウンの型が現場に降りていき、現場がそれを実行する中で、うまく実行する人がいます。成功パターンを見出してくるので、そうした成功パターンを拾い上げて仕組みにしていきます。これが「共振の経営」です。そして「離」の段階では、スケールアップを行いますが、顧客とコアコンピタンスである技術の軸から完全に飛び地にはならないように進めることが重要です。さらにユニ・チャームでは女性を軸にして展開することを重視しています。購買意思決定やニーズの発見は、やはり男性よりも女性が圧倒的に強いです。ペットを飼う意思決定も家族の中ではおそらく女性がする、最終的には女性が決めているという感覚もあります。とにかく優先順位と最重視するターゲットをまずしっかり決めて、効率的な事業拡張を行っています。そこで生まれたサービスが、「ソフィBe」という、女性のホルモンバランスの変化に着目した生理管理・体調管理アプリです。
長期と短期の両立:「既存事業から強みの再編集で未来を切り開く」
岩谷:経営者として長期的なビジョンを描きつつ、短期的に様々な変化を捉えて活動されていると思います。長期の方向性と短期の変化対応をどのように両立されているのでしょうか。
高原:短期と長期、また既存領域と新規領域といった様々な視点がありますが、これらを切り離して考えるのではなく、混ぜ合わせて考えることが重要だと思っています。例えば長期を考えるうえでも重視しているのは、「既存の深掘り」です。自分がこれまで取り組んできた既存の事業を深掘りすることで、未知の世界が広がっていることに気づきます。そこには中長期的なテーマや新規のネタがたくさん眠っています。言い換えれば、既存の深掘りとは「強みの再編集」です。強みをつくり直すということです。また「守破離」という話に戻るかもしれませんが、それを深く考えた方が成功確率は高いと感じています。 アジアの成長が鈍化している背景には、既存技術であるプロダクトの機能的な相対的優位性を再構築する必要があるという根本的な課題があります。チャネル構造が大きく変化しており、オフラインからオンラインへ、リアルの店頭から空中戦へという流れが日本以上に進んでいるのが現実です。この変化に対応するためには、ユニ・チャームがこれまで築いてきた勝ちパターンを深化していく必要があります。そうしなければ相対的な優位性を保つことは難しいと考えています。ただし、この変化も既存のオフラインでの営業や、マーケティングの優位性を深掘りすることで、より空中戦における卓越性を再構築できると考えています。
不屈の回復力:「外部の刺激を内側に循環させる」
岩谷:社会が大きく変化していく中で、経営者として難しい場面も多々あったかと思います。そうした中で、高原社長はどのように自分を鼓舞し、ポジティブなエネルギーを生み出していらっしゃるのでしょうか。
高原:私はあまりネガティブな思考になったことはないのですが、財務的なパフォーマンスや非財務のパーパス体系などの取り組みに関して、外部からポジティブな評価をいただいたり、顧客から商品やサービスに対して高い評価をいただいたり、社員とのコミュニケーションを通して徐々に共感し合える部分が増えていくことでモチベートされているのだと思います。また、きっかけは私の提案だったとしても、その後、現場や社内から様々な提案が出てきて、それが推進されていくことも非常に重要です。結局、経営者の役割というのは、正しいタイミングで自分の引き出しから事業の提案や、その事業を実現するための組織のフレームワークなどを、早すぎず遅すぎず提示すること、そのタイミングを見極めることだと思っています。そのためには様々な業界の会合などで外部の話を聞いたり、社外取締役として他社のガバナンスの方法を学ぶ機会を通じて、新しい知見を得るようにしています。そして、それを社内に持ち帰り、自分の引き出しに入れるか、あるいは引き出しに入れる前にすぐ活用するかを判断します。そうして私の提案をきっかけに、内からの変革力が沸き上がってくると、非常に励みになります。
トップダウンとボトムアップの両立:「守破離で指揮と合意形成を使い分ける」
岩谷:「守破離」の「守」の部分としてのトップダウンの必要性というお話もありましたが、長年にわたり組織をリードされてきた中で、指揮や指示を行う部分と、先ほど言及された内からの変革力を引き出す部分について、どのようにバランスをとって行動されているのか、お聞かせいただけますか。
高原:指揮と合意形成、トップダウンとボトムアップといった概念は、バランスというよりも「順番」が重要だと考えています。最初は「守」の段階としてトップダウンで目的をきちんと伝え、実行に移すことが必要です。その後、「破」の段階で合意形成を図ります。実施してみて成果実感がないと、なかなか「やってよかったね」とはなりません。ですから、バランスというよりも順番。トップダウンとボトムアップの両方、「指揮と合意形成」が必ず必要です。
最近では働き方改革の影響もあり、上司と部下のコミュニケーションが希薄になりがちです。部下は自分の役割に線を引き、上司は部下と距離を置く傾向があります。しかしこの傾向が続くと、組織全体の一体感が損なわれ、組織で仕事をする最大の目的である「仕事を通じての達成感や成長実感」が得られなくなってしまうのではないかという危惧があります。コロナ禍をきっかけに仕事をしやすいハード・ソフトの両面が整備されましたが、もう一度「指揮と合意形成」というのを、多少暑苦しくとも実施した方が良いと考えています。
ユニ・チャームでは、こうした課題に対応するために、いくつかの取り組みを行っています。一つは、組織全体で「自己実現」を目指すという考え方です。これはマズローの欲求5段階説に6つ目の段階を加えたもので、個人の自己実現ではなく、組織全体としての自己実現を追求するというものです。この考えを社員全員で共有し、組織全体で目指すべき方向性を明確にしています。
岩谷:個人としての自己実現に加え、集団としての自己実現も同時に達成することが重要ということですね。本日は長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。




