人生は想定外のことが起こるものだ。恋に落ちる、人の親になる、死に直面する、こういった場面に遭遇したとき自分がどのように感じ、どう対応するかを想像することはできるが、実際にその状況に直面するまで、どう対応するかはわからない。初めての採用面接、新しい職場での初日、初めて管理職に就く日もそうだったのではないだろうか。
そして出世の階段を上ることができた一握りの人たちは、CEO就任という新たな場面と向き合うことになる。メドトロニックの元CEOで、ハーバード大学経営大学院の上級研究員であるビル・ジョージは次のように説明している。「準備万端だと本人がどんなに思っていても、CEOになる心構えができている人は誰もいない。CEOの役目をこなしながら、CEOになっていくしかない。事業の運営方法はすでにわかっているから大丈夫だと思っているかもしれないが、それはどちらかといえばCOOの仕事だ」。
トップとその下に就くリーダー職の役割との違いは何だろうか。まず、新CEOは、自分がすべての責任を負っていること、社内の上下関係が劇的に変わったこと、そしてたったひとりでこなさねばならない仕事であることに気づくだろう。
オランダの食料大手アホールド・デレーズの前CEOディック・ボーアは、説明責任がどのように変わるのかを次のように語っている。「CEOになると、すべて最終的にはひとりで決断しなければならない。『いや、それは出来ません、なぜなら……』などといった言い訳は言えない。絶対に。何があっても、もう誰のせいにもできない。すべてあなたの責任だから」。
また、エコラボ前CEOであるダグ・ベイカーは、報告関係の変化について「私たちの頭の中は、ひとりの上司にレポートするようにできている。それまでのキャリアにおいて、あなたの直属の上司は常にひとりだったが、CEOになったとたん、いきなり13バージョンの上司にレポートすることになるのだ。ちなみに、これまでの上司たちはみな毎日出社していたが、今の上司たちはそうではない」と語っている。どうしてCEOは孤独なのだろうか。その理由はマイクロソフトCEOのサティア・ナデラが教えてくれる。「あなたの下で働いている人は、誰もあなたが目にしているものが見えない。また、あなたがCEOとして報告する相手も、誰もあなたが目にしているものが見えない。これはCEOという仕事における、根本的な問題だ。あなたにはすべてが見えるのに、周囲の誰にもそれが見えないため、とても苛立ってしまう」。
CEOに就任した際に、その役割のすべてを理解している人はいないと思ったほうが良いだろう。実際、新CEOの3分の1から2分の1は就任後1年半以内に辞めており、その90%以上が、CEO職への初期移行に改善の余地があったと言及している。一方、移行に成功した人は、CEO職に就く前までとは異なるやり方が必要であることを早い段階で認識していた。彼らは、数十年かけて築き上げてきた働き方を、ここで一気に変えられるかどうかが成功の要であることを理解していた(なお、CEO就任までの平均的なキャリアは24年である)。
CEOとして手腕を発揮できるリーダーは、変化を促す機会が、単に自分のためではなく、組織全体のためにあると認識している。リーダーの交代は、心理学者のクルト・レヴィンが「解凍」と呼ぶ瞬間を組織にもたらす。レヴィンの理論によれば、組織は変化への抵抗や集団への適合によってほぼ均衡(「凍結」)状態にあり、組織に衝撃(「解凍」)が与えられた場合にのみ動くことが可能になる。ゼネラルモーターズのメアリー・バーラが、イグニッションスイッチに端を発した危機を、企業文化の変革のきっかけとした時など、解凍の衝撃はしばしば危機的な形で起こる。もちろん役職の引き継ぎ理由が危機的な理由であるのは望ましくないが、新CEO の就任は常に「解凍」の機会を生み出し、組織の目標と働き方をリセットするものとなる。
卓越したCEOは、就任後100日のハネムーン期間を経て、就任から6~12カ月を、自身の転換期かつ組織に変化を促すチャンスとして捉えている。それぞれの状況によって策は異なるが、少なくとも共通する4つの成功要因が存在することがわかっている。
- 自分が主役だと思わない
- 他者の言葉に耳を傾けてから行動する
- 様々な「初挑戦」を成功させる
- 大胆な判断をする
自分が主役だと思わない
1979年の『トランジション:人生の転機を活かすために』に、コンサルタントの故ウィリアム・ブリッジズが、変化と移行の違いについて書いている。ブリッジズによると、変化は目に見えて人に起こることであり、一方、移行は変化を経験する人々の内面で起こっていくこと、としている。変化は非常にスピーディに起こり得るが、移行はゆっくり起こることが多い。僅かな違いだが、自分自身と組織の刷新を進める新任CEOが必ず理解しておくべき点だ。
CEOに就任する日、大きな変化が起こる。一つには、周りの全員からCEOの一挙一動を、現実を歪めるような見方で注視されるようになる。会計ソフト大手のイントゥイットの前CEOであるブラッド・スミスは言う。「CEOになったとたん、いきなり持ち上げられたり、前と同じジョークを言っても周りの笑い声が明らかに大きくなったりするのを、みな経験しているはずだ」。そして同時に大きな力を持つようになる。「CEO になったら、自分の言葉や行動がどれも結果的に多大な影響を及ぼすことを、自覚しなければならない。それによって、社全体が動くのだから」とDBSバンクCEOのピユシュ・グプタも語っている。
皆に常に注目され、権力を持つことで、瞬く間にCEOが主人公であるかのような状況が生まれてしまう。だが、成功するCEOは、組織を常に自分のマインドの中心におき、そのような現象を生み出させない。イタウ・ウニバンコの前CEOロベルト・セトゥバルは次のように説明している。「CEO は皆、自問すべきだろう。『どのように後世に名を残したいのか。偉大な人物としてか、それとも会社を偉大にした人物としてか』会社を偉大にしたいのなら、会社を第一に考え、自分のことは二の次にすべきだ。自分が認められたいというのは人間の本能的な欲求だから、自分よりも組織を優先させるのは簡単なことではない」。
この点について、マスターカードのアジェイ・バンガが挙げていた例が印象的だった。「結局、あなたがいなくなったあとは、誰もあなたのことなど覚えていないだろう。でも、それは喜ばしいことだ。自分のことなど、忘れてもらったほうがいい。大事なのは、目指した方向で会社が成功すること。そもそも、あなたの会社ではないのだから。もっとも、会社をつくったのがあなたで、しかもあなたがスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのような存在であれば話は別だが。しかし、そうでない私たちは、航海する船を全般的に管理する役目を担っているような存在だ。自分がいるときは船が沈まないよう細心の注意を払い、さらには帆を2、3枚追加したり、新たなエンジンの技術を取り入れることが必要だったりする。要は、船がより一層うまく進むようにするということだ。しかし、その船に自分の名前を冠して、『アジェイ・バンガ号』などと呼ぶことは絶対しない」。
確かにそのようなアドバイスは立派であるが、実際にはどうしたら良いのだろうか。まず、表1に記載されている質問を自問し、答えを考えるところから始めるのがよいだろう。
組織を主役にするための問い
| テーマ | 「私が主役」 | 「組織が主役」 |
| ビジョン | どのような功績を残したいのか | 組織の目的達成のために私ができることは何か |
| リーダーシップ | 私が他者に期待することは何か | 会社のために私はどのような人であるべきか |
| チーム | チームの誰が私の弱みを補ってくれるのか | チームの成功を最大限に引き出すために、どのような条件を整える必要があるか |
| 変化 | 問題があって、何を修復すればよいのか | これまでの経緯を尊重しつつ、どのように未来に向けて加速・変革するのか |
| 関係者の巻き込み | どうすれば組織が自分のビジョンに合わせてくれるか | 共通のビジョンを創り出すには、どのように組織を巻き込めばよいのか |
| 測定 | 自分が成功したかどうかを知るにはどうしたらよいか | 我々が成功したかを知るにはどうしたらよいか |
マイクロソフトのナデラは、「自分が主役だと思わない」考え方を、自分の成功の大半は前任者のおかげだと認識することで具現化している。「インドで公務員をしていた私の父は、『先人が優れた制度を策定してくれたので、後任者のほうが素晴らしい成果を出しているのだ』と話してくれた。私は成果を後任に託すという考え方が、とても好きだ。マイクロソフトの次のCEOが私よりもさらに大きな成功を収められたら、自分は自分の仕事をきちんとこなせたのだと思えるだろう。もし次のCEOが大失敗したら、私の自身の仕事への評価は異なるものになる。もともとスティーブ(前任者のスティーブ・バルマー)の成果に対して私のほうがあまりに称賛されすぎていて、彼への評価が十分ではないと思うのはそういう理由だ。私が今日達成できたことは、スティーブが数々の課題に取り組んできたからこそ、成し遂げられたのだと思っている」。
イスラエル・ディスカウント銀行の前CEOリラック・アッシャー=トピルスキーは謙虚さを忘れないために、次のことを日課にしていた。「毎朝出社してオフィスに入ったら、まず自分の椅子を見る。この椅子は沢山の人が近づいて話しかけてくる存在であって、今その椅子にたまたま座っているのが自分であるというだけだ。謙虚な気持ちを決して忘れてはならない。あの椅子に座っていると自分にすごい力が与えられている気になるが、明日はもう座っていないかもしれないということを、忘れないようにしていた」。
他者の言葉に耳を傾けてから行動する
CEOが交代すると、組織に緊張が走り、ナーバスになる人が多い。誰もが、新しいCEOが何を考え、何を変え、それが自分にとって何を意味するのかを聞きたがる。従業員が新CEOの発言や行動を逐一精査するため、CEO は決定、宣言、約束、説明などをしなくては、という衝動にかられる。だが、最高のリーダーは、引き継ぎ期間に組織全体に向けて何かを宣言したり、早まった行動を取ったりする前に、実際の状況に耳を傾けるべきであることを知っている。もちろん、状況にもよるだろう。企業再生の場合、行動を起こすことが要となるからだ。ただ、多くの場合、成功するリーダーはアルバート・アインシュタインの言葉を実践している。「生死を分ける問題の解決に1時間しかなかったら、最初の55分は問題を理解することに費やす」。
では、実際にとる行動を考えてみよう。
- まずは、関係者たちの声を聞いて回る「リスニングツアー」を実施する
- 事実に基づく「1つの真実」を突き止め、共有する
- 大胆なアクションを数個決める
- シンプルかつわかりやすく、従業員が惹きつけられる形でアクションを伝える
次期CEOとして発表された後、イントゥイットのスミスは、取締役、投資家、同僚のCEO、社員に対して同じ3つの質問をした。「まだ活かしていない最大の機会は何か。この優良企業を陥れる可能性のある最大の脅威は何か。すべてを台無しにするCEOの行動を一つ挙げるとすれば何か」。その他にも効果的な質問はいくつかある。「何が変わるとよいと思うか」「何を変えないほうがよいと思うか」「誰も教えてくれないが、知っておいたほうがよいことは何か」「耳に入ってくるはずなのに、入ってこないことは何か」。ロッキード・マーティンの前CEOであるマリリン・ヒューソンは、このような質問が特に移行期間に効果的である理由を説明している。「2~3年後には誰も言わないような話も、新入りだからこそ教えてもらえる」。
リスニングツアーで得た認識は、可能な限り事実と照らし合わせて検証すべきであるし、アナリティクスを活用することで、事業の状況について投げかけられる厳しい質問にも対応していくものにできるだろう。目指すべきは、「真実はこの1つ」と言える事実ベースを固めることであり、組織の出発点たりうるベースラインとし、また、将来の業績を判断する際に活用していくことなのだ。デュポンのCEOで、タイコとジェネラル・インストゥルメントのトップであったエド・ブリーンは、自身の方法論について次のように述べている。「外部採用、内部昇進のいずれにせよ、CEOはリターン指標、キャッシュコンバージョンなど、主な指標をすべてきちんと見直す必要がある。見直すことで、似たようなビジネスモデルを持つ優良企業と比較して、なぜ自社は同じレベルに達していないのか。あの企業はできるのに、なぜ我々はできていないのか。自分たちも同じレベルに到達する方法があるはず、と自問できるだろう」。財務指標やオペレーション指標も重要だが、人材、チームワーク、企業文化、ステークホルダーの認識に関する指標も重要だ。
事業を推進する上で何が必要かを、事実に基づいて深く理解することができたら、次は、大きな変化を起こすため、自ら主導すべき重要なアクションを特定する。何を売り買いするのか。どこに重点的に投資するのか。生産性をどのように向上させるのか。どこで差別化を図るのか。資本をどのように再配分するのか。マッキンゼーの調査によると、これらの領域で、大きなアクションを例えば2つ実行すると、業績が中間層から上位層に改善する確率は2倍以上になり、3つ以上を実行することで、6倍にもなりうる1。さらに、就任期間の早期にアクションを起こすCEOは、後期にアクションを起こすCEOのパフォーマンスを上回る。そのため、迅速に組織を動かすことが鍵となる。ただ、ここで疑問が生じるかもしれない。「アクションを迅速に起こすことが重要なのなら、優れたCEOはなぜ最初に従業員の声を聞くことに多くの時間を費やすのか」。ドバイに拠点を置く巨大複合企業のマジドアルフッタイムの元CEOであるアラン・ベジャニは、アクションを迅速に起こすために時間をとるというパラドックスを次のように説明している。「可能な限り多くの関係者を巻き込むことで、当事者意識が広く醸成された。また、これまで意見を求めようとしなかった人達から非常に洞察に富んだ意見があったため、振り返ってみると、話を聞いて本当に良かったと思う」。ベスト・バイの元CEOユベール・ジョリーも、この点について、「もちろん計画を立てる必要があるが、一緒に立てなくてはならない。鍵は、完璧を目指すのではなく、周りのやる気を引き出して管理することだ」と語っている。ベジャニとジョリーの経験は、上層部から指示された施策より、自身が立案に関わった施策を実行するほうが人は5倍も意欲的である、という社会学的見地に裏づけられている。
組織を動かしたい方向に動かすには、組織の変革ビジョンと戦略を、簡潔でわかりやすい「1枚」に落とし込む。「DBSハウスと呼ぶ1枚の資料をまとめ、ビジョン、戦略、価値、目標といったあらゆる項目を盛り込んだ。これを用いれば、私たちが何をやりたいのか、そしてさらに大事なのは、何をやりたくないのかを全社で共有できる」とDBSのグプタは言及している。同じように、飲料メーカーであるディアジオのCEO、イヴァン・メネゼズは、「ディアジオが目指すパフォーマンス」という1ページの資料を常に携帯している。そこには同社の目的とビジョンが上部に、その下には同社の6つの戦略の柱が、専門用語を使わずにわかりやすい英語で記されている。メネゼスはこの資料が非常に有益な理由について、「ケニアの瓶詰めライン作業員も、ベトナムの営業員も、自分がこの1ページ内のどこにいるのかが把握でき、どう貢献すれば会社をよりよくできるのかがわかる。戦略とそれを実行するために必要な変革を明確に示すうえで、とても役立っている」と説明している。
様々な「初挑戦」を成功させる
1946年に心理学者のソロモン・アッシュが行った有名な社会科学の実験がある。そこでは、準備した2つの文のうち、どちらかを被験者に読み上げた。1つは「スティーブは賢く、勤勉で、批判的で、衝動的で、嫉妬深い」であり、もう片方は「スティーブは嫉妬深く、衝動的で、批判的で、勤勉で、賢い」だった。どちらの文も内容は同じだったが、1つ目は肯定的な特徴から始まり、2つ目は否定的な特徴から始まっていた。スティーブをどう思うかを評価するように求められると、1つ目を聞いた被験者は、2つ目を聞いた被験者よりも彼を肯定的に評価した。これは社会学者が「プライマシー(初頭)効果」と呼ぶもので、「第一印象を与える機会は二度とめぐってこない」という格言にある通り、第一印象が記憶に残りやすいことを示している。
長く一緒に仕事をしてきた人を含む、すべての人がCEO就任直後に新しいCEOとしての第一印象を形作る。第一印象がよければ、前CEOやこれまでの役割で自分が発揮したリーダーシップとは違う形で進めていくつもりであることを、組織に強烈に印象づけることができる。第一印象をよくするには、次の4つの原則の適用が効果的だ。
- 相手の「なぜ」を理解する
- すべてのステークホルダーに対して一貫して同じメッセージを伝える
- 率直である
- 万全の危機管理体制を維持する
何が人をやる気にさせるのかを理解した上で接することができれば、肯定的な印象が長続きするだろう。ロッキードのヒューソンは「関係者の話を聞くだけではなく、なぜそう言っているのかを理解することに時間をかければ、彼らの中長期的な考え方に影響を与えられる」と語っている。ネットフリックスのCEOであるリード・ヘイスティングスは、マスメディアからの「なぜ」という質問が彼の行動を形作っていることを例に挙げており、「記者たちは真実を語る人でありたいと思っているにもかかわらず、無理やり娯楽性を求められている」。ヘイスティングスは、娯楽的でありながら何らかの真実を伝えられるように協力し、結果として、より効果的にメッセージを発信している。
グローバル自動車サプライヤーのヴァレオの前CEOであり現会長を務めるジャック・アシェンブロワは、2つ目の原則に則り「取締役会、株主、社内の幹部、労働組合には同じメッセージを伝えている」。イスラエル・ディスカウント銀行のアッシャー=トピルスキーもこの点について同様に述べている。「何か問題が起きた場合、社内外に関わらず同じ方法でコミュニケーションを取り続けるようにしている」。真実を1つにすることで、CEOは自由になれるのだ。また、あるCEOは、「2つの真実を器用に使い分けるほど自分は賢くない」と打ち明けている。その一方、プロクター・アンド・ギャンブルの元CEOであるA. G. ラフリーいわく、「耐え難い繰り返し」を行わなくてはならないのも事実だ(真実を1つにするということは、同じ話を何度でも繰り返さなくてはならないということである)。
そして、アッシャー・トピルスキーは3つ目の原則である率直さについて次のように語っている。「できない約束をしてはいけない。機会だけでなく、問題点についても率直に話し合うべきだ」。たとえ、話しているときは気が重くても、そうした率直さこそが、真の信頼と信用を築くための唯一の手段だ。取締役会に対しても率直であるため、ディアジオのメネゼズは、CEOと取締役会のみで行う各セッションの冒頭に、上手くいっている事を7つ程度共有し、同時に上手くいっていないことも同じ数だけ共有するようにしている。そうすることで、取締役はCEOがどのようなことに対応しているのかに理解を深め、より的確な助言を行うことができるようになる。USバンコープの元CEOであるリチャード・デイビスは、このような行動が投資家とのコミュニケーションにもたらす影響について、次のように述べている。「投資家に対しては、いつもこう言っていた。『みなさんに、ありのままの真実をお伝えしよう。私たちは今このような問題に取り組んでいる。みなさんは真実を知るに値するし、私たちはみなさんに信じていただくに値する存在でありたい。そうすれば、物事が極めてうまく行っていると今後お伝えするときも、みなさんは悪い知らせを正直に知らされたときのことを思い出して、信じようと思われるだろう』」。
成功するCEOは、チームの立ち上げ時、初めての取締役会、初めての投資家向けのプレゼンテーション、初めての四半期業績報告など、重要な瞬間に向けて準備を怠らない。ここで、アメリカの大学のアメリカンフットボールコーチ、ポール・“ベア”・ブライアントの言葉に是非耳を傾けて欲しい。「勝つ意志が重要なのではない。勝つ意志は誰しもが持っている。重要なのは勝つための準備をする意志だ」。
エーオンのグレッグ・ケースは、CEO に就任してすぐの頃に、外部に対して明確で一貫性のあるメッセージを伝えることの重要性を学んだ。保険サービス大手のCEOに着任した直後、ケースは1カ月後に予定されている投資家向け説明会でプレゼンをしなければならないと告げられた。ケースは当時を振り返って、こう語った。「私がもっと経験豊かだったら『中止しよう』と言っただろう。しかし、当時の私は右も左も分からず、『準備します』と答えてしまった」。
ケースはまた、自身の経験から、新任CEOは各社外取締役とのコミュニケーションの場を早期にもち、かつ、正念場として捉えるべき、と述べている。「CEO就任直後から会う時間を増やして、かなりの時間をともに過ごすべきだ。取締役会の各メンバーにあなたを理解してもらい、あなたがそれぞれのメンバーを理解することが何よりも肝心。そうすることで、信頼と透明性が生まれる。私も早い時期からもっと多くの時間を過ごしていればよかった」。元キャタピラーCEOのジム・オーウェンズは、このアドバイスの実践方法について次のように述べている。「私は就任直後から半年~9カ月ほどかけて各社外取締役と彼らの職場に出向き個別に会い、夕食をともにして徐々に親交を深め、会社の事業について深く語りあうようにした」。
第一印象を良くすることは必ずしも成功を保証するものではないが、勝率は上がる。ゴルフで最初のショットをフェアウェイにのせるのが良いのと同じだ。
大胆な判断をする
イートンの前CEOサンディ・カトラーは、次のように助言する。「小さくまとまらずに大胆なゲームをすること。特に私が言いたいことは、大した変化を生み出さないことには余計な時間を費やさず、自身の存在効果を最大限に活かすことに時間を使い、CEOにしかできないことに集中するということだ」。
このアドバイスは当たり前のことのように聞こえるが、ある日突然、すべての物事や従業員に対して説明責任を負う新任CEOが陥りやすい落とし穴なのだ。マスターカードのバンガは「最初の2年は本当に大変だった。メッセージを発信し、様々な人に会いに行き、変革を主導、新しい関係を築くことのできる人を探してメッセージを伝えてもらう等、すべての事に自分で対応しようとしたのがよくなかった」と振り返っている。
彼はそのため、すぐに制御不能に陥ってしまった。「出張も多く、睡眠時間を確保することも難しかった。夜の11時にアジアでホテルの部屋に戻ると、アメリカから100通のメールが届いていたが、24時間以内にすべてのメールや電話に返信することをチームに約束してしまっていたため、対応せざるを得なかった」。
バンガの様に、多くの新任CEOが最初の90日間は100%の力を出し切り、その後少し仕事をセーブしようと考えるが、言うは易く行うは難しだ。「自分が成功するかどうかわからなかったので、100%の力を出して突っ走った」。レゴの元CEOヨアン・ヴィー・クヌッドストープはこう語っている。「体調が恐ろしく悪くなり、医者に行ったら、40歳目前にして『あなたの体内年齢は65歳だ』と言われてしまった。その後は自分の体に気を遣うようになった」。クヌッドストープの経験は良い教訓だろう。新任CEOとして、初日から「自分にしかできないこと」に注力すべきだ。
新任CEOは、自分にしかできないことに注力するために、3つの習慣を早期に確立することが望ましい。
- 時間管理:オンとオフを明確に分け、徹底的に己を律し続ける
- 人材:A級選手を重要な役割に置き、C級選手に改善を促し、B級選手が成功できるように支援する
- 運営リズム:説明責任と緊急性とコーチングを組み合わせる
バンガは、マスターカードで自分の時間を効果的に使う方法を学んだ。「CEOとして、自分にとって何が重要かわからず、わかろうとすることに時間を割く気がないのなら、それはあなたに大きな問題がある。誰もあなたを助けてはくれない」。彼はカレンダーに線引きをし、色分けを行った。移動、クライアント、規制当局、社内会議など、費やした時間を区別し、区分ごとにそれぞれ異なる時間配分の目標と色を割り当てた。「適切に時間を費やしているかは、カレンダーを見れば一目瞭然だ」と彼は語る。「私のチーフ・オブ・スタッフの業務の一つとして、会議のバランスが正しいかを確かめてもらっていた」。
スイスのスキンヘルスカンパニーであるガルデルマのCEOフレミング・オルンスコフは、バランスを取る上で最も難しい点を次のように語っている。「私が学ばなければならなかったのは、ノーと言うことだった。講演の依頼、オフサイトの提案や食事の誘いを受けると、あくまで友好的な気持ちで提案してくれているから断りにくいが、丁寧に断ることも大切だ」。「ノー」と言って断った後は、「イエス」と答えた予定を、どうすればできる限り実りあるものにできるかということを重視している。「毎回の会議に向けて、議題が的確であり議論の範囲が絞り込まれている事を確認する。事前資料を読み込み、内容について考えてから臨む。会議は予定通りに始め、終える。毎回会議の最初と最後に、アクションアイテムとネクストステップの確認をする」。
早期に的確な対応を要する2つ目の事項は人材管理だ。ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOであるラリー・カルプは、その理由を次のように説明している。「CEOが完全にレバレッジできるのは、人材に関する意思決定だけだ。CEOとして絶対に失敗できない部分だ」。最高のCEOは、自社の戦略の推進に最も大きな影響を与える役職を30から50個リストアップする。そして、A級選手がその役割に就いていることを確認し、C級選手に対しては、数十年に渡り組織に対して忠実であった人も含み、難しい決断を下さなくてはならない。JPモルガン・チェースのCEOであるジェイミー・ダイモンが、その理由を次の様に語っている。「C級選手を会社に残すことで彼らに『忠誠心』を示したら、他の従業員や会社の顧客に対して誠実さに欠けることになってしまう」。
さらに、放置されてしまうことが多いB 級選手がパフォーマンスを改善できるように、ロールモデリング、期待値の設定、インセンティブやケーパビリティ構築の機会を提供することも重要だ。機会を提供しても、年単位ではなく月単位でパフォーマンスが改善しない場合は、そのB級選手に会社を去ってもらう。ウエストパック銀行の前CEOであるゲイル・ケリーはこの点を支持している。「成功のためのお膳立てをしたにも関わらず、うまくいきそうにもない人が、その後成功することは極めてまれだ。だからこそ、こうした決断は早めに行わなければならない。それが本人にとっても、会社にとっても最善の策。その仕事に向いていないことを話し合えるという点で、相手にとって最も納得できる対処法といえる。あまりに長く放置してしまうと、そういった話し合いすらできなくなってしまうだろう」。
CEOとして「大胆なゲームをする」ための3つ目の要素は、安定した運営リズムを確立することだ。自分がどんなスタイルやスピードで仕事をするかを決めることになるため、簡単なことではない。全社のCEOには自分にレポートをする事業部門のCEOがいる。彼らに権限を与える必要はあるが、ゼネラル・エレクトリックのカルプが説明するように、注意すべき罠がある。「CEO の立場に就いた人の多くが、事業部門のCEOにかなりの裁量権を与えている例をよく見た。というのも、そうしたCEOたちは、自身が事業部門のCEOだったときにずっとそれを求めていたからだ。しかし、自由を与えた中の誰かに悪い意味で驚かせられてしまう出来事がやがて起き、件のCEOたちは考えを改めるようになる」。
他の卓越したCEOたちと同じく、カルプも組織、運営、戦略の課題を対象にした評価を定期的に行うことが最も重要だと指摘している。どのようなスタイルやスピードで仕事を進めるかは、定期的な評価会議の内容によって決まる。マスターカードのバンガによると、「パフォーマンスが低い場合はより長いレビューになり、現状を掘り下げることに時間を費やす。だが、市場シェアを伸ばし、KPIで合意した優先事項において成長している場合は、非常に短いレビューになる。それが私の運営リズムだ」。
運営リズムは優先事項を強化するだけでなく、組織の新陳代謝を促す。マイクロソフトのナデラが述べているように、「どんなテンポで物事を決めていくべきか、それは非常に興味深い。それを決めることができるのはCEOだけだ」。大事なのは、早期に成果を出せるようなペースを設定すること。ベストバイのジョリーは、その理由を次のように説明している。「どんなステークホルダーに対応するときも、鍵となるのは『言動一致率』を適切にすること。これはつまり、自分がやると言ったことと、実際にやったことを比べたものであり、それを理想に近づけることで、信用を得られる。しかも、あなたがやると言ったことを実際に行っていれば、ステークホルダーは、前よりあなたに会えなくても構わなくなる。なぜなら、あなたが事業に専念して約束を実現することを優先してほしいと、彼らは思うようになるからだ」。
恋に落ちるのと同じく、CEOの役割を引き継ぐための完璧な準備ができている人はいない、という点からこの章は始まった。そのため、組織のトップでリードすることを許可された幸運な人にとっては、非常に居心地の悪い時間ではありつつも、素晴らしい時間でもある。また、CEO交代の影響は組織全体に大きく及ぶ点にも言及した。新しいCEOの就任は、組織の大きな刷新を引き起こすことができる「解凍」の瞬間だ。
ゼネラル・エレクトリックのカルプは、すべてのピースが上手くはまった瞬間の気持ちを次のように述べている。「それは高校時代のバスケットボールチームで感じていた、忘れもしないあの高揚した気分に近い。チーム全員が全速力で走り、互いを思いやって、結果を出した。驚くほど才能豊かな人々と全速力で走って、レベルの高い仕事をこなせるのは楽しくて仕方がないし、実に様々なかたちのやりがいを手に入れられる」。
自分が主役だと決して思わず、他者の言葉に耳を傾けてから行動し、様々な「初挑戦」を成功させ、大胆な判断をすることで、すぐに本領を発揮できるようになるだろう。