日本企業は、長年にわたり世界のロボティクス産業で中心的な役割を果たしてきた。なかでもOEM や部品サプライヤーは、メカトロニクス、精密工学、製造技術を強みに、高性能な産業用ロボットアームの発展を支えてきた。しかし今、その優位性は大きな転換点を迎えている。ロボティクス産業は、特定用途向けの専用機を中心とした時代から、高度な AI を搭載した汎用ロボットの時代へと移行しつつある。
汎用ロボットは経験を通じて学習し、さまざまな環境の中で幅広い作業をこなせる点に特徴がある。汎用ロボット市場は、2025 年時点では 10 億ドル未満に過ぎないものの、2040 年には 3,700億ドル規模に拡大すると見込まれている。この成長を支える要因の一つが、自動化需要の急速な高まりである。とりわけ日本では、人口減少による人手不足が深刻化しており、研究者たちは介護、外食、農業など、従来はロボット活用が限定的だった領域においても新たな用途の開発を進めている。
こうした変化を踏まえると、日本のロボティクス産業には戦略の見直しが求められる。近年、ロボティクス分野への投資は世界的に活発化している。しかし、その資金の多くは中国や米国へ向かっており、日本が占める割合は依然として小さい。さらに、汎用ロボット関連の特許出願などの指標でも、中国や米国との差が広がりつつある。
なかでも中国企業の存在感は高まっている。かつては現在ほどの存在感を持たなかった中国企業は、現在では多くの重要部品で主要サプライヤーとなり、汎用ロボット分野の研究開発も急速に進めている。今後、ロボティクス市場の成長の中心が従来型の産業用ロボットから汎用ロボットへ移るなか、日本の OEM が従来型事業への注力を続けるだけでは成長市場を十分に取り込めず、ロボット産業全体における日本のプレゼンスは相対的に低下していく可能性が高い。
それでも、日本には汎用ロボット市場で主導的な地位を確立する余地が残されている。ただし、そのためには戦略を抜本的に見直さなければならない。次の競争は、ハードウェアの性能だけでは決まらない。精密工学の強みに加え、AI、ソフトウェア、データ、そしてロボットを実環境へ大規模に導入・運用するの能力をいかに組み合わせるかが勝敗を分ける。
本稿では、汎用ロボットへの移行が進む中で、日本の OEM と部品サプライヤーがどのように自らのポジションを再構築できるのかを考察する。ソフトウェアプラットフォームやサービスモデルの再設計、ソフトウェアや AI を組み込んだサブシステムの開発、新たなパートナーシップの構築、グローバル展開の加速など、論点は多岐にわたる。さらに、資本配分、人材戦略、データ戦略、政府との連携といった、産業全体の競争力を左右するエコシステム上の課題についても取り上げる。
日本企業が世界トップクラスのハードウェア技術を基盤に、ソフトウェア、データ、AI における競争力を高めることができれば、次世代ロボティクスの発展を牽引し、世界中の企業にとって信頼できるパートナーとなる可能性がある。
強みの継承と競争環境の変化
2010 年時点で、世界の産業用ロボットメーカー上位 10 社のうち 5 社を日本企業が占めていた。これは、日本が精密機械や制御技術の分野で築いてきた強みを象徴している。しかし、産業用ロボットで確立した優位性が、そのまま汎用ロボット分野での優位性につながるわけではない。
その象徴がヒューマノイドである。日本は 1970 年代初頭、早稲田大学による世界初の実物大ヒューマノイド「WABOT-1」の開発を通じて、ヒト型ロボット研究の先駆者となった。しかし現在、ヒューマノイド供給企業の上位 10 社に日本企業は入っていない。ヒューマノイド関連の特許出願件数は、日本の約 1,100 件に対し、米国は約 1,560 件、中国は約 7,700 件に達している1 。現在進行中のプロジェクトを見ても、日本企業の多くが研究開発段階にとどまる一方、中国や米国の企業は商業化に向けた取り組みを進めている。中国のAgiBot は最近、累計 1 万台目のヒューマノイドを生産した。
日本の OEM の中には、今後も産業用ロボットアームへの注力を続ける企業もあるだろう。しかし、それだけで将来の成長を確保できるわけではない。過去に日本のロボットメーカーは、国内に厚みのある製造業基盤を持つ強みを享受してきた。国内 OEM の多くは国内サプライヤーを優先する傾向があり、その安定した需要が規模の拡大と継続的な投資を支え、技術革新を促した。こうして培われた競争力が、日本企業のグローバル展開を後押しした。
しかし、その成長を支えてきた前提は揺らいでいる。日本の製造業は世界市場におけるシェアを徐々に失っており、それに伴って国内需要も伸び悩んでいる。例えば、建設機械分野では中国企業が主導権を握り、自動車産業でも新興メーカーの台頭が続くなど、日本の製造業を取り巻く競争環境は厳しさを増している。
その影響はロボット導入の動向にも表れている。日本の製造業におけるロボット密度(労働者 1万人あたりのロボット台数)は、2009 年には世界首位だったが、2024 年には 5 位へ後退した(図表 1)。国内需要の伸び悩みを背景に、日本のロボットメーカーは海外市場への依存を強めている。しかし、その海外市場でも競争は一段と激しくなっている。こうした環境変化を反映するように、世界の産業用ロボット生産に占める日本のシェアは、2015 年の 54%から 2024 年には29%へ低下した。
産業用ロボットは今後も重要な市場であり続けるものの、市場規模は 2040 年まで年率約 3%の成長にとどまり、約 800 億ドルに達すると見込まれている。一方、汎用ロボット市場は年率約70%で成長し、2025 年の 10 億ドル未満から 2040 年には約 3,700 億ドルへ拡大すると見込まれる(図表 2)。経済産業省は、2040 年までに日本企業が世界の汎用ロボット市場の 30%、約1,110 億ドルを獲得することを目標に掲げている。
AI 時代のロボティクス競争
汎用ロボット分野で先行する市場では、開発の方向性がおおむね二つのアプローチに分かれつつある。
一つは「ハードウェア先行型」である。中国企業の多くが採用しているこのアプローチでは、特定用途向けのロボット開発を優先し、実際の現場へ迅速に投入することでデータを蓄積し、そのデータを活用してモデルの学習を進める。また、中国ではロボット製造に必要な部品を概ね国内で調達できるため、規模の経済を生かしてコストを抑えやすいという強みもある。
もう一つは「AI 中心型」である。米国企業の多くは、ハードウェアの差別化よりもソフトウェアや自律性の向上に重点を置き、AI を中核とした技術開発を進めている。個別の用途への対応ではなく、より汎用的な課題の解決を出発点としている点が特徴である。ただし、米国内のサプライチェーンだけでは必要な部品をすべて賄えないため、多くの企業は世界各地のサプライヤーに依存している。
日本の OEM や部品サプライヤーは、こうした二つのアプローチのいずれかを選ぶこともできるが、日本ならではの強みを生かした独自の道を模索することもできる。その一つが「すり合わせ」である。日本企業は、多くの産業分野で優れたシステムインテグレーターとして評価されてきた。すり合わせとは、個々の部品や技術を丁寧に調整しながら全体最適を追求する、日本のものづくりを特徴づける考え方である。ロボティクス分野においても、OEM はソフトウェアを組み込んだモジュールやシステムの開発を通じて、その強みを生かすことができる。
また、日本企業には、品質や安全性、現場への円滑な導入が重視される分野で存在感を発揮できる余地がある。医療や介護はその代表例である。実際、トヨタは高齢者や障害のある人を支援するための生活支援ロボット(HSR: Human Support Robot) を開発している2 。長年にわたり信頼できるパートナーとして評価されてきた日本企業は、点検、防衛、不発弾処理といった高い安全性が求められる用途においても優位性を発揮できる可能性がある。
汎用ロボット市場で存在感を高めるには大規模な研究開発投資が必要となる。日本企業は、すり合わせによるシステム統合力と、品質・安全性を担保しながら現場へ確実にロボットを導入する力を生かし、高い信頼性が求められる用途で差別化することで、投資負担が大きい市場でも収益性を確保できる可能性がある。
ロボティクス OEM:AI 時代に向けた戦略転換
AI を軸としたアプローチを採用する場合であっても、日本のロボティクス OEM は、メカトロニクスや精密工学で培った強みを生かし、汎用ロボットの時代においても世界トップクラスのハードウェアを生み出し続けるだろう。しかし、それだけでは十分ではない。ソフトウェアや AI を競争力へと転換するためには、新たな能力の獲得が求められる。
現場展開とデータ取得を優先
これまで各社は、高い精度や再現性、緻密な動作制御といったハードウェア性能によってロボットを差別化してきた。しかし汎用ロボットでは、AI モデルと大規模なマルチモーダル学習データへのアクセスがロボットの能力を左右する。機能だけではなく、適応力や継続的な性能向上の余地までもが、データと AI によって決まるようになる。特に、病院、物流拠点、小売店舗、建設現場など、環境変化の大きい現場では、ロボットの判断や適応を支える AI の性能が重要になる。
そのため OEM は、多様な実環境への大規模展開を優先する必要がある。大規模なロボット群を運用することで、他社にはない運用データを蓄積し、それをモデルの学習や性能改善に生かせるからだ。
また、単一の汎用モデルに依存するのではなく、特定の業務や顧客、設置環境、規制要件に合わせてモデルを調整することで、信頼性とコスト効率を高めることもできる。高度な自律制御技術や開発環境を持つ企業は新たな顧客を獲得しやすくなり、その結果、さらに多くのデータを蓄積することで優位性を強化できる。
そのためには、重点領域での導入を加速し、データ収集やラベル付けの能力を高めるとともに、収集したデータが継続的にモデル学習に反映される仕組みを整える必要がある。場合によっては、他のロボティクス企業と運用データを共有し、共同で AI モデルを開発することも、規模の制約を乗り越える有効な手段となるだろう。同時に、プライバシーやセキュリティ、データ利用に関する明確な方針を整備し、顧客の懸念に対応する必要がある。
安全かつ柔軟に連携できる統合ソフトウェア基盤を構築
汎用ロボットの時代には、ロボティクス OEM は機種ごとに分断されたソフトウェアから脱却し、拡張性の高い統合ソフトウェア基盤を構築する必要がある。この基盤は、ロボット群の運用を支える中核として、ロボット、アプリケーション、データパイプライン、シミュレーション環境、安全システム、顧客業務を結び付ける役割を担う。継続的な学習を可能にするだけでなく、安全な導入や外部開発者との連携、多様な環境における安定運用も支える。
こうした基盤には、一般に次のような機能が求められる。
- 標準化された API とミドルウェア: 外部開発者によるアプリケーション開発や顧客システムとの統合、マルチベンダー環境での相互運用を可能にする。Open Robotics Middleware Framework(Open-RMF)のような仕組みは、導入時の障壁を下げるとともに、エコシステム全体の拡大にも寄与する。
- 堅牢な OTA(Over-the-Air)アップデート機能: テスト、段階的な展開、ロールバック機能を備え、性能改善や新機能の追加、セキュリティパッチの適用、ロボットのスキル拡張を継続的に実施できるようにする。
- 特定用途に最適化したスキルモデル: パレットの荷下ろし、病院内の移動、不定形荷物の搬送、建設現場での作業員との協働など、特定環境における反復作業を高い精度で実行するためのモデル。こうしたモデルは、独自データを用いて大規模な基盤モデルを最適化したり、小型化したりすることで構築でき、性能や応答速度、コスト効率の向上につながる。
- ロボット群の運用管理・可視化ツール: 顧客や OEM が、性能の監視、障害の診断、タスクの割り当て、稼働率の管理、運用全体の最適化を行えるようにする。
- 設計段階からセキュリティを組み込んだアーキテクチャ: サイバーセキュリティ上の脆弱性への対応に加え、データガバナンスの枠組みを整備する。具体的には、消費者向け、産業向け、医療向けの各環境で収集したデータについて、保存、共有、モデル学習への利用に関するルールを明確化する。
アフターサービスは新たな収益機会
故障が起きてから修理する従来型の「故障処理」モデルだけでは、大規模かつ分散配置されたロボット群、とりわけ人と密接に関わり、高い稼働率が求められる環境を支えることは難しい。OEM は、予知保全、遠隔診断、ソフトウェア更新などを継続的に提供するアフターサービスへ事業領域を拡張する必要がある。そして、この分野では、日本企業が品質と信頼性で築いてきた評価を生かすことができる。そのためには、OEM は稼働率や運用性能の向上を重視した、データ活用型の継続運用モデルへ移行する必要がある。現場に導入されたロボット群から得られるデータを活用することで、予知保全や遠隔診断の精度を高め、システムを継続的に改善できる。
また、この機会を捉えるためには、迅速な現地対応を可能にする高効率なサービス拠点を各地に整備することも欠かせない。こうした能力は、故障率が高く、運用上の不確実性も大きい導入初期段階において特に重要となる。サービス拠点モデルは、信頼性や顧客満足度を高めるだけでなく、Robotics as a Service(RaaS)を通じた新たな収益機会の創出にもつながる。
RaaS では、OEM は顧客にロボットを提供し、製品ライフサイクル全体を通じて、ソフトウェア更新、モニタリング、保守サービスから収益を得る。顧客の初期投資負担を軽減できるため、ロボットの導入と普及を加速する効果も期待できる。
システムインテグレーション事業は新たなビジネスモデルへ転換
現在、汎用ロボットを工場へ導入するには数週間から数カ月を要する。しかし、AI の能力が向上し、新たな環境への適応が進めば、その期間は将来的に数日、あるいは数時間へ短縮される可能性がある。
そのため、日本企業は将来もシステムインテグレーションだけで成長できると考えるべきではない。たとえ現在の主力事業であったとしても、将来的にはそれを補完する新たな収益源が必要となる。例えば、ロボット群を統合管理するオーケストレーションプラットフォームの構築や、バッテリー交換を含むエネルギーマネジメントソリューションの提供などが考えられる。
部品サプライヤー:部品からプラットフォームへ
日本の部品サプライチェーンは、ヒューマノイドロボットの製造に必要なほぼすべての部品を供給する能力をすでに有している(図表 3)。経験豊富な部品サプライヤーは、既存の強みを生かし、波動歯車装置/ハーモニックドライブ、遊星ローラーねじ、高性能リニアガイド、6 軸力覚センサー、リニア力覚センサー、触覚センサーといった、供給が逼迫しつつある高需要領域へ事業を広げることができる。こうした製品は、サプライチェーンの多様化を目指す世界の顧客にとっても魅力的な選択肢となり得る。
しかし、グローバル市場で競争するには、高品質かつ低コストの部品を幅広くそろえるだけでは十分ではない。今後は、個々の部品ではなく、複数のコンポーネントを統合したモジュールやサブシステムを提供できる企業に商機が広がる可能性がある。この転換は、市場投入までの期間短縮、信頼性向上、責任リスクの低減といった、顧客が抱える喫緊の課題に直接応えるものである。とりわけ、以下のような取り組みを進める企業は、世界の主要 OEM にとって欠かせない存在となり得る。
安全性をパッケージとして提供 (Safety in a Box)
ロボティクスの普及拡大において、安全性の確保は最重要事項の一つである。安全なシステムの構築に必要な要素は既に市場に揃っているが、それらを一社ですべて提供できるサプライヤーは存在しない。認証済みマイクロコントローラ、冗長電源システム、検証用ソフトウェアなど、それぞれ異なる企業が専門分野に特化しているのが現状である。
部品サプライヤーは、これらのコンポーネントを一つのサブシステムとして提供することで、OEMの統合作業を大幅に軽減できる。その際には十分な試験を行い、故障モード影響解析(FMEA)や検証レポートなど、認証取得に必要な文書も併せて提供することが重要となる。これにより、市場投入までの期間を短縮できる。
こうした統合のためには、システムレベルの設計能力に加え、事前認証を見据えた検証プロセスへの重点投資が求められる。
さらに、他社のクラウド上で稼働する大規模モデルに依存するのではなく、デバイス上で動作する高効率な独自の AI モデルを開発することで、安全性の面で差別化を図ることもできる。クラウド上の大規模モデルに依存する方式では、安全性やデータプライバシーへの懸念が生じる可能性があるためである。
「スマートジョイント」へ軸足を移行
ギアボックスやモーターといった個別部品の市場はコモディティ化が進み、こうした部品を専門とするサプライヤーの利益率は低下していくと予想される。一方で、「スマートジョイント」への需要は高まるとみられる。
スマートジョイントは、高精度モーターとギアに加え、演算装置、位置センサー、力覚センサーを一体化したコンパクトなモジュールである。最大の特徴は、状態監視機能を内蔵している点にある。ジョイント内部のソフトウェアが温度や振動のリアルタイムデータを分析し、ロボットの故障による大きな損失が発生する前に異常を予知する。
標準化されたプラグアンドプレイのインターフェースを備えた高信頼モジュールを提供することで、OEM の開発負荷を大幅に軽減できるだけでなく、長期的な運用コストの削減にもつながる。
スマートジョイントに軸足を移すには、まず機械工学、組み込みソフトウェア、ファームウェアの専門性を持つ部門横断チームを立ち上げる必要がある。そのうえで、意欲的な OEM パートナーと MVP(最小実行可能製品)を共同開発しながら、統合の初期段階で生じうる様々な課題を解決していくことが求められる。
認識と制御を統合したアクションスタックを提供
センサー市場もコモディティ化の影響を受けやすい。しかし部品サプライヤーは、デジタル上の指示を確実かつ再現性のある動作へ変換するという、ロボティクスの根本課題を解決することで差別化できる。単にセンサーを販売するのではなく、認識と制御を統合した「アクションスタック」全体を提供するのである。このサブシステムはモジュール化・標準化されており、保守もしやすい。
アクションスタックを構築するには、センサーと、センサーデータを高速に統合・処理する専用SoC(System on a Chip)を組み合わせる必要がある。重要なのは、このスタックが「接触を検知する」「力を加える」「対象に位置を合わせる」といった基本動作のライブラリを備えることである。
こうした処理はロボット本体の中で完結する。そのため、「対象物を優しくつかむ」といった高レベルの指示を、実際の動作へ確実に変換できる。さらに、その結果はモジュールに組み込まれたセンサーによって確認できる。
また、AI による指示からセンサーによる確認結果まで、一連の動作を改ざんできない形で記録することで、OEM は故障診断や責任追跡に活用できる履歴データを取得できる。利用者にとっても、ロボットの行動履歴を確認できれば、ロボットへの信頼度は高まる。
生産効率を高め、顧客課題を解決し、ボトルネックを解消
部品サプライヤーは、サプライチェーンのボトルネックとなっている技術課題を解決することで、ロボティクス産業全体の発展を後押しできる。その際に重要なのは、個々の部品の性能向上だけを追求するのではなく、より高度で拡張性の高いロボットシステムの実現に目を向けることである。
そのためには、小型化されたハードウェア、低消費電力の演算基盤、高度なセンシング技術、高効率なアクチュエータといった基盤技術への投資が欠かせない。こうした技術が、将来の競争力を左右するためからである。
ロボティクスにおける知能は、遅延、消費電力、通信環境、安全性、信頼性といった現実世界の制約の中で機能する必要がある。そのため、分散型かつ低消費電力の AI は今後ますます重要になる。特に、ロボット本体やエッジデバイス上で動作する小型のタスク特化型モデルは、クラウドに全面的に依存するシステムと比べて、応答速度、環境への適応力、運用の安定性の面で優位性を持つ可能性がある。
また、将来を見据えたサプライヤーは、単に部品を供給するだけではなく、異なるプラットフォーム間で容易に統合でき、運用データを継続的に取得でき、ソフトウェアや AI のアップデートを通じて性能を高められる製品の開発を進めるだろう。
更なる効率化を実現するためには、将来的にロボティクス産業にも「トヨタ生産方式」に相当する仕組みが必要になるかもしれない。それは、AI、ハードウェア、製造、運用を大規模に統合しながら、高い信頼性と継続的な改善を両立する運営モデルである。
この仕組みは、問題を早期に発見し、ムダを削減し、品質を維持しながら、生産工程の効率化を支える。トヨタ生産方式の考え方に通じる取り組みとしては、次のようなものが挙げられる。
- 無人化工場と先進ロボティクスの導入による工程最適化
- CNC(コンピュータ数値制御)など次世代リーン生産方式の、ダイカストや金属プレスを含む組立工程への適用
- AI を活用した品質管理と設備の予知保全
- 製品改良へ迅速に対応できる柔軟な生産ラインの構築
- デジタルツインとリアルタイムデータ分析による物流・在庫管理の最適化
日本のロボティクス産業が取るべき次の一手
日本のロボティクス産業が直面している主要な課題は技術力そのものではない。課題は、高度な技術を持ちながら、それを採算の取れる形で大規模に展開できていないことにある。このギャップを埋めるためには、企業経営のあり方そのものを見直す必要がある。
規模拡大と新たな能力獲得に向けて資本配分を見直す
日本企業の多くは十分な資金余力を持っているものの、その多くは既存事業に配分されており、新たな成長分野への投資は限られている。大規模な投資よりも段階的な投資を選ぶ傾向が強く、その背景にはリスクを避ける企業文化や保守的な経営姿勢がある。
例えば、自動車 OEM であれば、ロボティクス事業で品質や納期の問題が発生した場合、本業への信頼に対する影響を懸念するだろう。こうしたリスクは確かに存在する。しかし経営者は、その影響を過大に見積もっていることも少なくない。その結果、新たな事業機会に対する意思決定が遅れがちになる。また、日本企業のガバナンス構造は、破壊的な技術変化が起きている局面においても、資本の再配分を慎重にさせる傾向がある。
高い成果を上げる企業には共通点がある。McKinsey Global Institute(MGI)の分析によれば、生産性向上を牽引する先進企業は、資本と人材を大胆に投入し、新技術を迅速に取り入れるとともに、ビジネスモデルを継続的に見直している。そうした企業は、戦略の実行や事業ポートフォリオの見直しを通じ価値創出に成功している。
多くの国では、生産性の低い企業は縮小あるいは市場から撤退し、生産性の高い企業が規模を拡大していく。一方、日本では企業システム全体が変化よりも安定を重視する傾向が強い。市場から撤退する企業は比較的少なく、業績が低迷した企業も長く存続する。その結果、本来であればより生産性の高い用途に振り向けられるはずの資本や労働力が、非効率なまま温存されることになる。その背景には、経営不振企業を支える金融システムや、失敗を避ける社会規範など、さまざまな構造的・文化的要因が存在する。
汎用ロボット市場で存在感を高めようとする日本企業にとって、より柔軟で迅速な資本配分は競争力を維持するうえで重要となる。その一つの方法が「ビジネスサンドボックス」の活用である。新規事業を担う小規模で独立性の高い組織を設けることで、複雑な社内手続きに縛られることなく、迅速に意思決定を行えるようになる(詳細については、補遺「ビジネスサンドボックス」参照)。また、資本配分の仕組みが改善されれば、業界再編の加速やスタートアップ・エコシステムの活性化にもつながる可能性がある。
M&A と提携を通じて新たな能力を獲得する
日本企業にとって不足する能力を迅速に補うには、自前主義を超え、アライアンスや M&A をこれまで以上に積極的に活用する必要がある。とりわけ海外のスタートアップやテクノロジー企業との協業では、意思決定の速度、権限設計、インセンティブ、統合後の運営方針を明確にしなければならない。その際に、日本企業が培ってきた「すり合わせ」の強みを生かすことができれば、協業の実効性を高められる可能性がある。かつての日本企業では、多角化経営や持ち合いがより一般的だった。しかし現在は、その傾向は弱まりつつある。一方で、資本市場の活用やM&A は以前より活発になっている。
こうした変化により、日本のロボティクス OEM や部品メーカーは、従来の枠組みにとらわれない提携を模索しやすくなった。特にソフトウェア領域の強化においては、この柔軟性が重要となる。
例えば、OEM、大手自動車部品メーカー、先進テクノロジー企業が連携し、次世代スマートアクチュエータの量産を目指すことも考えられる。
M&A もまた、新たな能力を獲得する有力な手段である。特に海外企業との M&A は、変化の速いイノベーションエコシステムへのアクセスを可能にし、新たな技術や人材の獲得につながる。
海外スタートアップへの投資や買収は、日本企業が技術の進化に影響を与え、市場形成に関与する機会にもなる。
また、スマートジョイント、安全システム、認識・行動スタックといった重要技術を持つ企業同士を統合する動きも考えられる。こうした技術で強みを持つ企業が結集すれば、市場で強い競争優位を確立できるだけでなく、主要 OEM にとって欠かせない戦略的パートナーになり得る。
グローバル市場を前提とした事業構想
パナソニック、ソニー、トヨタをはじめ、多くの日本企業は国内市場で成功した後に海外へ展開することで成長してきた。ファナック、川崎重工業、安川電機などのロボティクス企業も同様である。
しかし、これらの企業が世界的な地位を築いた時代と現在とでは、事業環境が大きく異なる。当時の日本は世界第 2 位の製造大国であり、世界生産の約 4 分の 1 を担っていた。また、国内の製造業も自動化への投資を積極的に進めていた。
現在、日本の製造業が世界生産に占める割合は 5%を下回り、国内の産業用ロボット需要も減少している。そのため、日本のロボティクス OEM や部品メーカーは、製品設計の段階からグローバル市場を前提に考える必要がある。
日本市場を最初のターゲットとすること自体は問題ではない。しかし、その場合でも製品は当初から世界市場を見据えて設計されるべきである。その方が、ブランド力や既存のサプライチェーン、ハードウェア技術といった強みを生かせるだけでなく、日本市場では成功しても、世界市場では中国や米国の競合に後れを取った日本のノートパソコンメーカーと同じ轍を踏まずに済む。
グローバルな視点を持つためには、国内外の人材を組み合わせ、海外での事業基盤を強化するとともに、意思決定権限を地域ごとに分散することが重要である。その好例の一つが日立製作所である。同社は幅広いグローバル事業基盤を築き、各地域に一定の裁量を持たせながら事業を運営している。
人材基盤を強化
日本は、中国や米国と比べてエンジニアや Physical AI の専門人材が少ない。AI を中心としたロボティクスへ移行するなかで、日本の OEM や部品メーカーには大規模な人材の確保が求められる。重要なのは、人材を確保するだけでなく、その能力を十分に発揮できる環境を整えることである。
例えば、モジュールやサブシステムの供給企業を目指すのであれば、組み込みソフトウェア、ファームウェア、AI に関する専門知識を持つ人材が不可欠となる。
国内で十分な人材を確保できない場合には、海外採用を強化することも有力な選肢となる。日本は生活環境や安全性の面で国際人材にとって魅力的な国である。しかし、それだけでは十分ではない。企業は、移住や就業を後押しするための魅力的な条件についても検討する必要がある。
例えば、日本企業の給与水準国際競争力は以前ほど高くない。そのため、より競争力の高い報酬体系を整備することが考えられる。また、ストックオプションや株式報酬制度など、世界のテクノロジー企業で一般的な報酬制度の導入も選択肢となる。ただし、その場合には他の従業員との公平性をどう確保するかという課題も生じる。
優秀な人材を確保し、その力を生かすためには、組織のあり方も見直す必要がある。よりグローバルな組織運営への転換、硬直的な組織構造の見直し、言語面の障壁の解消などがその例である。こうした従業員のインセンティブや組織構造に関わる改革は、まずは小規模で独立した組織(サンドボックス組織)内で試験的に行うことが望ましい。
また、いわゆる「Acqui-hire(人材獲得型 M&A)」を通じて不足する人材やスキルを補う方法もある。長期的には、ロボティクスや AI 分野への進学や就職を志す学生を増やすための教育・育成施策も重要になるだろう。
データと基盤モデルの戦略を描く
AI モデルにとってデータは生命線である。そのため日本企業は、データをどのように集め、活用するかを改めて考える必要がある。また、企業や組織の枠を超えてデータや AI モデルを共有・活用できる仕組みづくりも重要になる。
こうした仕組みを実現するためには、官民連携が欠かせない。データやモデルの共有を進めるのであれば、すべての企業が公平な条件で競争できる環境を整える必要がある。日本では、政府と産業界が AI・ロボティクス分野で連携を深めようとしているが、こうした連携をデータ共有や基盤モデル構築の領域において一層広げていくことが求められる。
ただし、データ共有にはプライバシーや機密保持に関する懸念が伴う。そのため企業は、社内統制を整備するとともに、外部規制への対応を徹底しなければならない。特に患者情報などの機微情報については慎重な取り扱いが求められる。場合によっては、データを自社内に限定して活用する判断もあり得る。
また、日本企業にとって基盤モデル戦略はデータと並んで重要であり、いくつかの難しい選択を迫られている。一つの選択肢は、自社で基盤モデルを構築することだ。この場合、膨大な計算資源と大量のデータが必要になるが、高い独立性と主導権を確保できる。
もう一つの選択肢は、既存の大規模モデルを蒸留(distillation)し、より小型で低コストなモデルを構築する方法である。この手法では、元のモデルの能力の多くを維持しながらコストを抑えられる。
さらに、オープンソース AI モデルを活用し、医療など特定分野の独自データでファインチューニングする方法もある。ただし、蒸留モデルやオープンソースモデルは導入コストが低い一方で、基盤技術そのものに対する主導権は限定的となる。
重要なのは、どのモデルを選ぶかだけではない。ロボティクスの次の競争は、実際の現場でどれだけ多くのデータを集め、それを継続的な性能向上へ結び付けられるかで決まる。実環境に展開されたロボットは、運用を通じて膨大なデータを生み出し、そのデータが次の学習や改善の原動力となる。
日本が持つ精密ハードウェアの強みは依然として大きな資産である。しかし今後の競争は、その強みをデータやソフトウェアと結び付け、継続的に学習しながら性能を高める仕組みを築けるかどうかで決まる。
政府との連携を生かす
世界のロボティクス競争で成功するためには、産業界、学術界、政府の緊密な協力が欠かせない。その一つが、汎用ロボットに関する規制や安全基準の整備である。
企業と政府が連携することで、実環境での実証実験を行うための規制サンドボックスを設けることができる。これは、Waymo が米国の一部都市で自動運転タクシーを運行している事例にも通じる考え方である(詳細についてはコラム「規制サンドボックス」参照)。
日本は、多くの国と比べても深刻な人手不足に直面しており、今後 20 年間で労働人口は約1,500 万人減少すると予測されている3 。そのため行政当局は、人材不足が特に深刻な分野において実証実験を受け入れる可能性が高い。
その代表例が介護分野である。日本の公的介護サービスの費用額は、2024 年度に約 12 兆円に達しており、政府の長期試算では、介護給付費は 2040 年度に約 25 兆円程度へ拡大する可能性がある。
現在、一部のヒューマノイド開発企業は介護分野への参入を模索している。主な対象となるのは、介護士が利用者への対応やケアにより多くの時間を割けるようにするための比較的単純な作業である。例えば、床の清掃やごみ出しといった業務であっても、介護人材が不足する現場では大きな価値を持ち得る。ただし、病院や介護施設において高齢者や患者と直接接するロボットを本格導入するためには、規制、安全性、責任所在などに関する多くの課題を解決しなければならない。
もう一つ重要なのが、産業政策による後押しである。日本政府は現在、10 年以上ぶりにロボティクス産業育成戦略を見直している4 。その一環として、研究開発や産業支援を担う「AI ロボティクスハブ(AI Robotics Hubs)」の整備を進めている。
OEM や部品メーカーは、こうした拠点との連携を通じて、日本市場におけるロボット導入の動向や今後の発展方向について理解を深めることができる。
政府はまた、汎用ロボットの需要創出を促す役割を果たすこともできる。いわば「最初の顧客」としての公共部門によるロボット導入、ロボティクス企業向けの税制優遇措置、投資リスクを軽減するための支援制度、企業間共同開発プロジェクトへの補助などが挙げられる。業界関係者は、こうした政策や制度の動向を継続的に注視していく必要がある。
日本のロボティクス企業は、もはや漸進的な改善だけに頼ることはできない。AI 主導の汎用ロボットへの移行が進むなか、求められるのは迅速かつ果断な実行である。
日本には明確な強みがある。世界最高水準の精密工学、高度に統合されたサプライチェーン、そして複雑なシステムをすり合わせながら形にしていく力である。これらは、ロボットを大規模つ高い信頼性で展開するうえで大きな武器となる。
いま求められているのは、こうした強みを生かしながら、現場での改善サイクルを加速し、ソフトウェアと AI の統合を進めることだ。さらに、生産技術の革新と効率化を通じて、継続的なコスト低減を実現していかなければならない。
競争を左右する重要な要素はスピードである。開発サイクルを短縮し、実環境へ迅速に展開し、そこで得たデータを性能改善へ素早く反映できる企業が優位に立つ。
日本がハードウェア分野で培った強みを、継続的に学習しながら進化する競争力の高いシステムへ結び付けることができれば、現在の差を埋めるだけでなく、次のロボティクス時代をリードする存在になれる。