通信事業者に訪れたAI活用の転換点 ― 価値創出を実現するために経営層が取り組むべきこと

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前書き

エージェント型AIは通信業界に新たな可能性をもたらしている。しかし日本企業にとって、その果実を手にするまでの道のりは、グローバルの先行企業以上に険しい。合意形成を重んじる意思決定、職務範囲が明確に定義されないメンバーシップ型の雇用、レガシーシステムと外部ベンダーへの根強い依存、そして失敗を許容しにくい組織文化――これらは日本企業の品質と現場力を支えてきた一方で、全社を一気通貫で作り変えるAI変革においては、そのスピードを鈍らせる足かせともなる。

本稿のグローバル調査(2025年12月実施)が示す通り、多くの通信事業者がAI投資を拡大しながらも、「顕著な事業インパクト」を実現できた企業はわずか12%にとどまる。大半はAIへの投資と事業成果の間にギャップを抱えたままである。日本においてその傾向がより顕著であることは、想像に難くない。

この課題をさらに切迫したものにしているのが、日本固有の構造問題である。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の生産年齢人口は2020年の約7,509万人から2040年には約6,213万人へと、約1,300万人(およそ17%)減少する。しかもそのペースは2030年代にさらに加速する。通信事業者も例外ではない。縮小する労働力で、増大する設備投資と高度化する顧客対応を支え続けることは、もはや持続可能ではない。

ただし、生産性向上や人手不足への対応は、AIがもたらす価値の一面にすぎない。本質的な目的は、財務インパクト――収益の成長、マージンの改善、そして企業価値の向上である。エージェント型AIは、コスト構造の抜本的な見直しにとどまらず、顧客体験の高度化による解約率の低下とARPUの向上、新たな収益源の創出、そして意思決定そのものの質とスピードの変革を通じて、損益計算書とバランスシートの双方に働きかける。守り(生産性・効率)と攻め(成長・収益)の両輪でこそ、AIは真の経営インパクトを生む。

しかし、ツールを導入するだけでは変わらないことも、この数年で多くの企業が学んできた教訓である。部門ごとに分散したPoC、不明確なROI、現場への浸透不足――投資が事業価値に転換されないまま滞留するケースは少なくない。

我々マッキンゼーの日本オフィスにも、業界を問わず「AIでどうすれば本当に効果を出せるのか」という相談が急増している。その問いに対する我々の答えは明確だ。着手すべきは技術ではなく、経営の仕組みそのものだ。ユースケースを広く薄くばらまくのではなく、財務インパクトの大きい一点に経営資源を集中させる。全部門の合意を待つのではなく、CEO自らが目標を財務数値で語り、意思決定と実行の権限を現場に委ねる。完璧な要件定義を待つのではなく、不確実性の中で投資判断を下し、走りながら磨き込む。そして何より、AIを「効率化ツール」としてIT部門に委ねるのをやめ、収益とコストの両面でP&Lに責任を負う経営アジェンダとして扱う。個別業務の改善ではなく、ワークフロー全体の再設計こそが、PoC止まりから脱却し真の事業価値を生む。

本稿は、グローバルの先進事例と最新調査をもとに、その実現に向けて経営層が取り組むべき6つの要諦を提示する。日本の通信事業者が今まさに訪れている転機を捉える一助となれば幸いである。

10年以上にわたり、通信事業者は成長鈍化、資本集約度の加速、サービスの差別化の限界といった構造課題への対応を目的に、デジタル変革を推進してきたが、その成果は限定的であり、抜本的な構造変革を実現するには至らなかった。その一方で、技術革新は加速し、競争環境は厳しさを増すなか、業界が長年抱えてきた構造課題はいまだ解消されていない。通信業界はいま、これまで以上に大胆な変革を必要としている。

こうした状況を変え得る技術として、エージェント型AIが世界的にも脚光を浴びている。

従来の自動化技術が個別業務の効率化を主な目的としていたのに対し、AIエージェントは業務上の意思決定を支援し、部門や機能をまたいで業務を調整できるようになりつつある。そのため、個別業務の改善にとどまらず、ワークフロー(業務プロセス)全体の再設計が可能になる。AIは単なる生産性向上ツールから、業務の実行そのものを担う基盤へと進化しており、通信事業者にとっては、業務運営のあり方、設備投資の配分、さらには価値創出の仕組みそのものを見直す契機となり得る。

通信事業者の経営層にとって、もはや問うべきは「AIをどこに適用するか」ではない。AIを前提に機能する企業へといかに変革するかである。

もっとも、多くの通信事業者はここ数年の取り組みを通じて、その実現に近道がないことを学んできた。実際、AI投資を拡大しながらも、部門ごとに分散し、重複したAIユースケースや実証実験を進めた結果、十分な事業価値を創出できていない企業は少なくない。

しかし、一部の先進企業では、すでに顕著な成果が現れ始めている。こうした成果は、エージェント型AIが単なる業務効率化にとどまらず、業界の前提そのものを変え得ることを示している。通信業界はいま、将来を大きく左右する転機を迎えている。

AIから大きな事業価値を創出している企業には、いくつかの共通点がある。すなわち、CEO主導の強いコミットメント、規律ある組織変革とチェンジマネジメント、そして個別タスクではなくエンドツーエンドの業務プロセスに焦点を当てた変革である。

本稿では、通信業界の経営層を対象に実施した最新調査1と、マッキンゼーが支援してきたAI導入の知見をもとに、同様の成果を実現するためのロードマップを提示する。この変革を適切に推進できれば、通信事業者は今後5年間でROICとEBITDAマージンを最大10ポイント改善できる可能性がある2

さらに、本稿ではエージェント型AIのオペレーティングモデルに求められる要件を整理するとともに、先行企業および業界全体におけるAI活用の現状とそのインパクトを概観する。

通信業界におけるAI活用の現状

通信事業者の経営層の間では、AIが自社の将来にとって重要な要素であるとの認識が急速に広がっている。一方で、その活用によって実質的な事業成果を実現できている企業はまだ限られている。それでも、AIへの投資と取り組みは着実に拡大している。

マッキンゼーの調査によれば、回答企業の半数超が50人以上の専任人材 (FTE) をAI関連業務に配置している。また、3分の2の企業が今年、AI向け予算を増額する予定である。そのうち約半数はIT予算の10%超をAIに充てる見込みであり、業界全体でみるとAI関連支出はIT予算の平均9%に達する見通しである (図表1) 。

図表 1

しかし、投資拡大がそのまま成果につながっているわけではない。調査対象企業のほぼすべてがAIの実証実験や試行導入を進めているものの、カスタマーサポートやネットワーク領域を中心に複数部門へ展開できている企業は57%にとどまり、この割合は前年からほぼ変化していない。また、AIを組織全体に定着した「新たな標準」と位置付けている企業は16%に過ぎない。

AIに対する見方にも変化がみられる。AIを「業界を根本から変える技術」と捉える回答者は51%と、前回調査の61%から低下した3。一方で、「業界に大きな影響をもたらす重要な技術」と評価する回答は36%から47%へ増加している。

これは、AIへの見方がより現実的なものへと変化していることを示している。AIの無限とも思える可能性に注目する段階から、具体的な成果や事業価値に目を向ける段階へと移行しつつあるのである。

こうした現実的でありながら前向きな見方は、通信業界がこれまで積み重ねてきたAI活用の経験を反映している。実際、多くの企業は特定領域で一定のコスト削減効果を実現しているものの、生産性向上の成果を全社規模で享受できているケースはまだ少ない。

「AIによる顕著な事業インパクトをすでに実現した」と回答した企業は全体の12%にとどまった。多くの企業は、マッキンゼーが「マネーステップ」と呼ぶ段階にとどまっている。マネーステップとは、AIへの投資によって一定の成果は生まれているものの、財務面で明確なインパクトを実現するには至っていない状態である。

それでも、業界の経営層の多くは、こうした効果が今後数年で本格的な事業価値として顕在化するとみている。特に期待が大きい領域はカスタマーサポートとネットワークであり、これにITが続く。多くの通信事業者は、今後1〜2年で少なくとも10%程度のコスト削減を見込み、2030年までには30%近い削減効果を期待している (図表2) 。

図表 2

もっとも、こうした見通しを実現するには、AIの効果を個別ユースケースから全社規模へ広げなければならない。通信事業者の経営層も、その難しさを認識している。実際に、今回の調査では、回答者の4分の3超が、未成熟なオペレーティングモデル、データ基盤の制約、そして不十分なチェンジマネジメントによる活用定着の遅れを主要な課題として挙げた。

一方で、AIによって生まれた効果を具体的かつ測定可能な事業価値へ転換する際の最大の障壁については見方が分かれている (図表3) 。最も多かった回答は従業員や現場チームへの活用の浸透であり、半数超の回答者が課題として挙げた。また、3分の1は業務プロセスの変更を大規模に展開する難しさを指摘し、4分の1は硬直的な予算運営を主要な障壁として挙げている。

図表 3

エージェント型AIがもたらす新たな転機

通信事業者がAIへの期待を維持している背景には、エージェント型AIの急速な進化がある。従来のAIは大きな成果をもたらしてきたものの、その効果の多くは部分的かつ段階的な改善にとどまっていた。一方、AIエージェントは、通信業界に自動化を起点とした新たな転機をもたらす可能性を秘めている。

マッキンゼー・グローバル・インスティテュート (MGI) の分析によれば、AIによる自動化は2030年までに米国通信業界だけで最大160億ドルの新たな経済価値を創出する可能性がある。その価値を引き出す鍵となるのが、人とAIエージェントの協働を前提としたワークフローの再設計である。営業、設備設置、ネットワークエンジニアリングなど幅広い領域で、仕事の進め方そのものを見直す必要がある。

通信業界では、人とAIエージェントの協働を前提に仕事の進め方を抜本的に見直す余地のある職種が、全体の約半数に及ぶと見込まれている。これは多くの業界の2倍以上に相当する水準である。

AIエージェントによってワークフローを再定義できるようになれば、これまで新たな価値創出を阻んできた旧来型の業務プロセスやオペレーティングモデルから脱却できる。

1年前まで、エージェント型AIを巡る議論の多くは概念的なものにとどまっていた。しかし今回の調査では、回答した通信事業者の半数超が、少なくとも1つの機能領域でエージェント型AIの導入・活用を進めていると回答した。先行企業ではすでに、実運用を通じて顕著な成果を生み出す事例が現れ始めている。以下では、カスタマーサポート、ネットワーク、マーケティング・営業、管理部門における代表的な事例を紹介する。

カスタマーサポート

欧州の通信事業者では、問い合わせ件数の増加とコールセンター運営コストの上昇を背景に、顧客対応業務の効率化が重要な経営課題となっている。

オランダの通信事業者KPNは、この課題に対応するため、顧客対応をエンドツーエンドで処理する音声AIエージェントを開発した。開発は、次の3段階で進められた。まず、通話件数と通話記録を分析し、自動音声応答 (IVR) における問い合わせ内容の類型と対応パターンを特定した。次に、「固定回線の発着信不具合」「モデムやルーターの交換」「モバイル音声・SMSローミングの不具合」といった個別の問い合わせ内容とカスタマージャーニーを分析し、AIエージェントによる対応の実現可能性を評価した。そのうえで、想定される事業インパクトと開発の複雑性を踏まえ、優先的に取り組むユースケースを選定した。

分析結果を基に、特定した18のユースケースのうち、請求関連エージェント、よくあるQ&A、本人認証など6つを優先対象として選定し、実証を開始した。この取り組みによって、KPNは専門担当者による対応が必要な問い合わせの平均処理時間の短縮を図るとともに、1年以内にコールセンター運営費の大幅な削減を目指している。

ネットワーク

欧州のMASORANGEでは、市場環境こそ異なるものの、ネットワーク顧客体験をいかに把握し改善するかが、競争力を左右する重要な差別化要因となっていた。また、設備投資負担が増すなかで、より精度の高い投資判断も求められていた。

こうした課題に対応するため、MASORANGEはAIを活用した顧客体験指標を導入した。これはネットワーク性能と顧客満足度、さらには離反リスクとの関係を日次で把握するための指標である。

この指標によって、ネットワーク品質に不満を持つ顧客を特定し、その要因を把握できるようになった。また、得られた知見を基地局の増強や設備更新といった投資判断、新たな商品・サービス提案へ反映することで、顧客維持施策にも活用している。例えば、顧客体験指標が低く、かつ収益貢献度の高いエリアを設備投資の優先対象として特定できるようになった。

さらには、分析結果を実際の意思決定へ結び付けるため、設備投資計画のワークフローそのものを見直した。ネットワーク部門に対するスキル強化を進めるとともに、新たな意思決定手法を各部門・各拠点へ定着させる取り組みも推進している。

こうした取り組みにより、数百万人規模の利用者に影響する主要な通勤路線に沿って顧客体験を評価し、2025〜26年の設備投資計画の優先順位を見直した事例が生まれている。また、ネットワーク性能の変動に対する顧客感度が高いエリアを特定し、ネットワーク改善を通じて顧客体験とロイヤルティの向上につなげた事例も生まれている。

マーケティング・営業

販促企画、キャンペーン運営といったマーケティング業務では、すでに多くの通信事業者がAIを活用している。一方、一部の先進企業では、AIを営業現場やコンタクトセンター運営にも広げ、既存の顧客接点からさらなる価値を引き出し始めている。

南米の大手通信事業者EntelのBPO (ビジネス・プロセス・アウトソーシング) 部門もその一例である。同社のコンタクトセンターでは、多くの通信事業者と同様に、顧客の期待や利用行動の変化を背景にアウトバウンド営業の成果が低下していた。また、毎月数十万件規模の問い合わせ対応を継続していたものの、それらの通話のうち体系的に分析されていたのは1%未満に過ぎず、営業機会、オペレーターの対応状況、変化する顧客ニーズを十分に把握できていなかった。これは、大きな価値創出の機会を逃していることを意味していた。

こうした課題を解決するため、Entel Connectはハイパースケーラーと連携し、すべての受電通話を毎日分析するエージェント型AIソリューションを導入した。

このソリューションは、個々の会話を分析し、見込み顧客を特定し、営業機会の取りこぼしを検知し、顧客感情を追跡するとともに、各オペレーター向けの改善提案を提示し、管理者向けには具体的なアクションにつなげられるダッシュボードを生成する。

さらに、大量の通話を夜間に低コストで処理できるよう設計されており、実運用から得られるフィードバックをもとに提案内容を継続的に磨き込んでいる。

これにより、コンタクトセンターは問い合わせ対応中心の組織から、営業活動と継続的な改善を支えるデータ活用型組織へと進化した。導入から10週間で、問い合わせ対応中の営業提案回数は2倍に増え、インバウンド起点の売上は40%増加した。なお、顧客満足度への悪影響は見られなかった。

管理部門

南米のある通信事業者では、財務部門が繰り返しの手動の作業に多くの時間を費やしていた。基礎的な分析やデータ準備に時間を取られ、本来注力すべき付加価値の高い業務に十分なリソースを振り向けられない状況にあった。そこで同社は、エージェント型AIソリューションを構築した。

運営費、設備投資、損益に関する200種類超の分析テーマを定義し、15を超える構造化・非構造化データソースを取り込んだうえで、複数のAIエージェントが連携するアーキテクチャを構築した。このアーキテクチャには、意図認識、エンティティ抽出、クエリー生成、可視化、ガードレールなどの機能が組み込まれている。これにより、「何が起きたのか」「なぜ起きたのか」「どのような要因によるものか」といった問いに対し、説明可能で精度の高い回答を提供できるようになった。

このソリューションを使うことで、経営レポートに必要な分析結果の約90%が自動的に導出されるようになり、主要ユースケースでは95%超の精度を実現した。その結果、財務部門は手作業による分析から解放され、より付加価値の高い分析や意思決定支援に注力できるようになった。

エージェント型AIで成果を創出するための6つの要諦

1年前に公表した「Scaling the AI-native telco」では、通信事業者がAI活用を全社規模へ展開するための要件として、領域別・ワークフロー別の変革機会の特定、拡張性の高いモジュール型AIプラットフォームの構築、適切なデータ基盤の整備、そしてチェンジマネジメントによる活用定着の重要性を指摘した4。これらの基本原則はいまも変わらない。その一方で、マッキンゼーが通信事業者のAI導入を支援してきた経験から、エージェント型AI時代に特に重要となる論点も見えてきた。

1. AIを予算に織り込まなければ、事業価値にはつながらない

通信業界に限らず、多くの企業で初期のAI施策が期待した成果を生み出せなかった要因の一つは、AI施策を明確な目標と結び付け、その進捗を継続的に管理してこなかったことにある。先進企業ではすでにこうしたアプローチを実践している。予算を精査し、AIによって定量的なインパクトを生み出せる領域を特定したうえで、それぞれを明確なビジネスケースと結び付けているのである。こうした取り組みは大きな事業価値につながっている(図表4)。

図表 4

重要なのは、AIが解決できそうな課題を起点にするのではなく、売上と利益の双方で価値創出につながる領域を優先することである。このアプローチによって、事業責任者は達成すべき具体的かつ測定可能な目標を持ち、その達成状況について説明責任を負うことになる。

そのため、AIは予算策定プロセスそのものに組み込まれる必要がある。例えば、ある事業部門が翌年度にAI施策による一定の効果を見込むのであれば、その前提を予算に反映し、目標達成に対する説明責任を明確にすることが重要である。

2. ワークフローを再設計するには、業務をタスクレベルまで分解する

AIエージェントの最大の価値は、エンドツーエンドのワークフローそのものを再設計できる点にある。しかし現状では、多くの通信事業者がその価値の一部しか取り込めていない。調査対象企業の約4分の3は、既存業務を部分的に見直すためにAIを活用しているに過ぎず、AIファーストを前提とした業務のあり方そのものを見直せていない。その結果、AIは従来型の業務運営を効率化するにとどまり、コスト、スピード、効果の抜本的改善にはつながっていない。

先進企業は、業務プロセスではなく、それを構成するタスクと必要なスキルに着目している。まず優先度の高いバリューチェーンを構成要素まで分解し、それぞれの活動と業務遂行に必要な能力を整理することで、業務の全体像を可視化する。そのうえで、各タスクを、自動化、人とAIエージェントの協働、人による実施のいずれが最適かという観点から再評価する(図表5)。このアプローチによって、既存の業務構造にAIを後付けするのではなく、ワークフローそのものを再設計できる。

図表 5

北米のある通信事業者は、この考え方をマーケティングおよび営業関連業務に適用した。まず各チームの日常業務を詳細に可視化し、その後、常時運用型マーケティングを含む主要ワークフローをAIを組み込むことを前提に再設計した。技術選定や組織変更は、その後に実施している。

このアプローチが重要なのは、成果そのものを大きく変え得るからである。必要な工程だけを残すという発想でワークフローをゼロベースで見直せば、不要な工程や引き継ぎ、調整レイヤーそのものを排除し、さらなる価値創出につなげることができる。一方で、既存プロセスへAIを組み込むだけでは、現状の業務を効率化するにとどまる。また、個別タスクへのAI適用はボトルネックを解消するのではなく、その位置を変えるだけに終わることも少なくない。タスクレベルで業務を再設計し、AIファーストの前提でエンドツーエンドの変革を進める企業だけが、コスト、リードタイム、品質において、漸進的な自動化では実現できない持続的な改善を実現できる。

3. 人とAIエージェント、それぞれの役割を再定義する

ワークフローの再設計は、AIによる変革の第一歩に過ぎない。持続的なコスト効率の向上やリードタイムの短縮、組織全体の生産能力向上を実現するためには、組織運営体制そのものを見直し、人とAIエージェントの役割を再設計する必要がある。

重要なのは、AIエージェントを組織へどのように組み込むかを明確にすることである。どの業務をエンドツーエンドで担わせるのか、人とどのように協働するのか、例外対応をどのようなルールで人へ引き継ぐのか、そして成果をどのように測定し改善していくのかを定義する必要がある。

AIエージェントを組み込むべき領域を見極めた後は、人に求められる役割や責任も見直さなければならない。

MGIの分析によれば、2030年までに通信業界の総労働時間の約30%は自動化可能になる見込みである。しかし、それは直ちに人員の30%削減につながることを意味するわけではない。むしろ、自動化の価値を最大限に引き出すためには、通信業界における職務の91%で役割や業務のあり方を抜本的に見直す必要がある。

今後は、DevOps(ソフトウェア開発とIT運用)、プロダクトマーケティング、顧客サポート、フィールドエンジニアリングなどの従来型職種の一部が縮小する一方で、ソリューション営業スペシャリスト、フォワードデプロイメントエンジニア、プロダクトビルダー、ネットワーク性能アナリストといった職種では需要の拡大が見込まれる。さらに、AIワークフローアーキテクトやAIリスクマネジャーなど、新たな職種も生まれていくだろう。

現在、AIエージェントによって自動化あるいはオーケストレーション可能な業務の多くは、複数の役割やチーム、部門に分散している。こうした業務を見直し、責任の所在が明確な役割へ再編しなければ、AIの効果は限定的なものにとどまる。その役割を整理する方法の一つが、チャプターモデルである。チャプターモデルに基づき、スキルや専門性を軸に役割を整理することで、役割への理解を明確にし、組織への帰属意識を高められる。さらに、部門横断の調整を最小限に抑えられるため、チーム間の連携もより迅速かつ機動的になる。

一方、従業員に求められる能力も変化する。今後はAIエージェントを設計し、監督し、継続的に改善する能力が重要になっていく。

こうした変革によって得られる効果は大きい。まず、AIエージェントを組織へどのように組み込むかを明確に定義することで、監督や調整、承認といった間接業務を削減し、組織運営に伴う管理・調整コストを削減できる。

また、役割やチーム構成、AIエージェントの責任範囲を見直すことで、AIがエンドツーエンドの業務を担えるようになる。こうした再設計によって、人の生産性向上にとどまらず、人材をより付加価値の高い業務へ振り向けられるようになる。

さらに、ワークフローだけでなく組織構造や役割も併せて変革することで、新たなAI主導型プロセスにおいて人がボトルネックとなることを防ぐことができる。

4. チェンジマネジメントを組織運営に組み込む

通信事業者の経営層はしばしば、技術投資やAIの実証実験を積み重ねれば、やがて事業成果につながると考えがちである。しかし、マッキンゼーの調査では異なる実態が明らかになっている。

AI活用の価値を全社規模へ拡大するうえで最大の障壁となっているのは、技術そのものではない。不十分なチェンジマネジメントによる活用の定着の遅れである。AIの能力を持続的な生産性向上や利益率改善へと転換するためには、新たな働き方を日常業務の中に定着させる運営の仕組みが必要となる。

先進企業では、CEO主導の強いコミットメントと、現場に深く入り込んだ実行チームを組み合わせている。チェンジマネジャー、アナリティクストランスレーター、プロダクトオーナーなどが営業やサービス部門に直接入り込み、現場と一体となって活用の定着を推進している。

さらに、大規模言語モデル(LLM)の普及によって、AIの利用状況や定着度を個人単位で把握できるようになった。これにより、企業は従業員の行動変化をより精緻に把握し、管理職が活用の定着に責任を持つ体制を構築できるようになる。

重要なのは、結果だけでなく、その結果につながる行動そのものを評価の対象とすることである。そのためには、AIの利用状況を日次で可視化し、現場管理者がコーチングや定期的な対話を通じて利用を促進できるようにする必要がある。さらに、インセンティブやゲーミフィケーションといった行動変容の仕組みを活用し、AI活用を日常業務に根付かせることも重要である。

さらに重要なのは、チェンジマネジメントを一時的な施策として扱わないことである。変革を推進する体制は、現場に継続的に関与し、AI活用の状況をモニタリングするとともに、改善を支え続けなければならない。こうした取り組みによって初めて、AI活用の拡大が営業やカスタマーサポートにおける具体的な成果へと結び付く。

Indosat Ooredoo Hutchison(IOH)のCEOであるVikram Sinha氏は、自社のAI変革を「70%は人、20%はプロセス、10%は技術」と表現している。この考え方は、AI活用の持続的な定着を左右するのは、技術ではなく組織変革であることを示している5。IOHでは、この方針のもとで全社規模の能力開発とチェンジマネジメントを推進している。経営層は四半期ごとにAIに関する集中的な研修に参加している。さらに、全社の各機能でアナリティクストランスレーターを育成するとともに、従業員の挑戦を促し、その成果を称えるため、ゲーミフィケーションを取り入れた表彰制度も導入している。

こうした取り組みによって、AIは日常業務の中に組み込まれ、組織全体にAI活用を推進する担い手が育成されている。これが、全社的な活用拡大を支える原動力となっている。

これらの知見を実際の変革へ結び付けるためには、具体的なプログラム設計が欠かせない。能力開発は職種ごとに設計され、日常業務の中でのコーチングによって継続的に強化される必要がある。また、主要なワークフローはAIのアウトプットが意思決定に組み込まれる前提で再設計しなければならない。

加えて、AI活用の状況を継続的に可視化し、明確な責任主体を設定することも重要である。経営層自らがAIを活用する姿勢を示し、進捗状況を継続的に発信することで、組織全体の変革を支えることができる。さらに、インセンティブ、重点的な学習機会、現場からのフィードバックを迅速に反映する仕組みを組み合わせた短期間の集中施策を繰り返すことで、AI活用を組織全体に着実に根付かせられる。

AIを持続的な競争優位と価値創出の源泉へと転換するためには、チェンジマネジメントを単発のプロジェクトではなく、組織運営に組み込まれた継続的な取り組みへと変えていく必要がある。

5. AIファクトリーがAI活用の全社規模への展開を支える

多くの通信事業者は、AIを一部の実証実験や限定的なユースケースから全社展開へ発展させようとする過程で、同じ課題に直面している。取り組みが部門ごとに分散し、開発コストが膨らみ、展開速度が上がらず、リスク管理も十分に機能しないのである。

実際には、同じようなモデルを繰り返し開発したり、利用する基盤モデルの選定が統一されていなかったり、データやプロンプト、AIエージェントのアーキテクチャが十分に再利用されていなかったりするケースが少なくない。こうした課題は、従業員がコード開発などの日常業務でAIを活用する機会が急速に増えている現在、さらに深刻になっている。適切なガードレールや教育がなければ、新たなリスクが組織内に持ち込まれる可能性があるためである。

こうした状況を打開するための仕組みがAIファクトリーである。AIを責任ある形で全社へ展開するための共通の方法論と能力を整備することで、価値創出までの期間を短縮し、ワークフローの自動化と標準化を加速できる(図表6)。

図表 6

その要諦は、プロジェクトごとに個別のソリューションを構築するのではなく、AI資産を標準化された共通基盤として捉えることにある。ここでいうAI資産には、プラットフォーム、ツール、リファレンスアーキテクチャに加え、再利用可能なAIエージェントフレームワーク、共通のモデル実行環境、標準化されたガバナンス機能などが含まれる。一度構築した資産を繰り返し活用できるようにすることで、開発効率と拡張性を高められる。

こうした標準化がなければ、AI活用を全社へ展開することは極めて難しい。各チームが独自にツールや設計手法、運用方法を採用すれば、AI活用は部門ごとに分断される。結果として、ガバナンスは複雑化し、拡張性は損なわれる。さらに時間の経過とともに、技術的負債の増加、推論コストやインフラコストの上昇、類似ユースケース間での性能のばらつきといった問題が発生する。この不整合は、セキュリティ、コンプライアンス、データガバナンスの観点からも大きなリスクとなる。

AIファクトリーは、個別のAI施策と経営層をつなぐ役割も果たす。ユースケースごとの価値やモデル性能を可視化することで、最も効果が高く費用対効果に優れた取り組みに経営資源を集中できるようになる。また、意思決定に伴うトレードオフを明確にし、AI活用の成果に対する説明責任を強化できる。

AIファクトリーを立ち上げる際には、優先度の高いユースケースに焦点を当てることが重要である。どの能力を優先的に構築するかが、その後の拡張ロードマップを左右するためである。

AIファクトリーは複数のモジュール型能力から構成される。その中核となるのが、ユースケースの評価・優先順位付けする仕組みと、再利用可能な共通コンポーネントである。

  • ユースケース評価プロセスは、AI施策を一貫した基準で評価し、最もインパクトの大きい領域へ資源を集中するための仕組みである。先進的な通信事業者の中には、このプロセス自体にAIエージェントを活用し、実現可能性を評価したうえで、概念実証(PoC)、本格展開、見送りといった判断を支援し、次のアクションを明確化している企業もある。
  • 再利用可能な共通コンポーネントは、品質や一貫性を維持しながら開発期間を短縮する。例えば、離反予測モデルのテンプレートや開発支援ツールなどの実績ある資産を共有することで、ユースケースごとにゼロから構築する必要がなくなり、全社展開を加速できる。

さらにAIファクトリーは、人材育成やチェンジマネジメントの基盤としても機能する。

AIファクトリーは一度構築して終わるものではなく、組織の中で継続的に進化させていくべき能力である。その役割は、個別の実証実験の繰り返しから脱却し、AIを全社へ着実に展開するための共通基盤を提供することにある。

6. AIエージェントが価値を発揮する鍵は、事業とデータの理解にある

通信事業者がAIネイティブ企業へ移行していくなかで、業界は新たな転換点を迎えようとしている。次世代のエージェント主導型オペレーティングモデルの成否を左右するのは、もはやアルゴリズムの性能だけではない。AIエージェントが支援対象となる事業やネットワークを真に理解できるかが重要になる。

どれほど高性能なLLMであっても、重要な概念や業務ルール、システム間の依存関係が組織の各所に散在し、暗黙知として扱われている状態では十分な力を発揮できない。

こうした課題に対応するため、先進的な通信事業者はセマンティックデータレイヤーをはじめとする知識フレームワークへの投資を進めている。これらはAIネイティブな通信事業者のアーキテクチャを支える基盤であり、組織の中に蓄積された知識を構造化して表現するものである。

こうして構造化された知識をAIエージェントと共有することで、新たな能力を引き出し、重複業務を削減し、技術的な複雑性を低減できる。また、異なるAIエージェントやワークフロー同士が相互に連携できるようになり、分散した事業データやネットワークデータを、信頼できる再利用可能な知識資産へと変換できる。

こうした知識基盤は、ネットワーク運用をはじめ幅広い領域で活用できる。例えばネットワーク運用では、サービス品質が低下した際、AIエージェントはネットワーク全体を横断的に分析し、原因を絞り込み、影響を受ける顧客やサービスを特定し、サービスレベル契約(SLA)への影響まで把握できる。

さらに、AIエージェントは単に障害チケット処理を効率化するだけではない。単一のネットワーク障害が複数のインシデントを引き起こしているかを判断し、複数の対応策を比較したうえで、最適な対処方法をエンジニアへ提示できる。

実際にオーストラリアの大手通信事業者では、ネットワーク運用に関するエンジニアの知見をAIエージェントへ組み込むことで、サービス自動化の効率を30%向上させている。

こうしたAIエージェントによる高度な判断を支える基盤として、これまで注目されてきたのがオントロジーとナレッジグラフである。オントロジーやナレッジグラフは、企業における主要な事業概念とその関係性を明示的に定義することで、人とAIエージェントが共通の理解に基づいてデータを扱うための枠組みを提供する。

一方で、オントロジーやナレッジグラフを用いるアプローチは、理論的には強力であるものの、大規模組織では設計・運用や継続的な更新に大きな負荷を伴う。そのため、多くの企業では、変化する事業ニーズに合わせた迅速な実運用への展開[NI3.1]に苦労している。

その代替案として注目され始めているのが、AIスキルである。AIスキルとは、業務ロジック、意思決定ルール、データアクセスの方法を再利用可能な形でまとめたモジュールである。

オントロジーのように全社共通のデータモデルを事前に整備しなくても、価格分析、顧客セグメンテーション、原因分析といった明確な業務単位からAI活用を開始できる。また、AIスキルは再利用可能な構成要素として積み上げられるため、段階的にAI活用の能力を拡張していくことが可能である。

Claude Skillsのような仕組みは、この考え方を具体化した例であり、導入の迅速化、ガバナンスの明確化、そして組織知の実践的な形式知化を実現できることを示している。


通信事業者によるこれまでのAI活用は、カスタマーサポート、ネットワーク、マーケティング・営業などの領域において一定の成果を示してきた。しかし、本格的な価値創出を実現できた企業は依然として一部に限られている。

一方、先行企業の取り組みは、エージェント型AIが通信業界に自動化を起点とした新たな転機をもたらし得ることを示している。ワークフローそのものを再定義できるAIエージェントによって、顧客体験と業務効率の双方に飛躍的な改善が期待される。

この機会を生かすには、一貫したエージェント型AIのオペレーティングモデルを構築しなければならない。そのためには、エンドツーエンドの業務プロセスをエージェント型AIを中核として再設計し、AI施策を明確な財務目標と予算に結び付け、人とAIエージェント双方の役割を再定義する必要がある。また、オントロジーなどを活用してAIエージェントに必要な事業上の文脈を与え、AI活用の定着を支える包括的なチェンジマネジメントを推進することも欠かせない。

AIファクトリーは、こうした取り組みを全社へ展開するための基盤となる。信頼できるデータ資産や再利用可能な業務プロセスを組織全体で共有することで、規模の拡大に伴う単位コストの低減と経済性の向上を実現できる。

エージェント型AIを単なる新しいツールとして捉える企業は、限定的な生産性向上と複雑性の増大に直面するだろう。一方で、一貫したエージェント型AIのオペレーティングモデルを構築する企業は、仕事の進め方そのものを変革し、ROIC、利益率、そして顧客体験の大幅な向上を実現できる。

エージェント型AIが進化するにつれ、この両者の差はさらに広がっていく可能性が高い。通信事業者にとって、もはや問うべきはAIが価値を生み出せるかどうかではない。その価値を取り込めるよう、自社の組織と業務のあり方を変革できるかどうかである。

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