経営の変革はテクノロジーではなくCEOの決断から始まる

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生き残るためのDX──技術革新が経営に問う「覚悟」

生成AIの登場は、単なる技術トレンドではない。経営の本質、すなわち、誰が意思決定し、何にリスクを取り、どう変革を進めるのかを問い直す「経営上の事件」である。これまでのDXが業務の部分最適化や生産性向上を目指す「改善」にとどまっていたのに対し、生成AI時代のDXは、ビジネスモデルそのものを作り変える「戦略的な企業変革」である。 欧米では、10年前からCEO自らがデジタル・AIを経営の中核に据え、主導することで企業価値・売上・営業利益において他社の3〜5倍のスピードで成果を上げている。生成AIやエージェントAIの導入は、この格差をさらに拡大させており、早期に着手した企業とそうでない企業の間には大きな差が生まれつつある(図1)。

【図1】

たとえばリーマンショック以後、先進的な企業はDXに本格的に取り組み、事業構造を抜本から変えたが、その多くは次の3領域に集中していた。

  • マーケティング&セールス:顧客データを分析し、新しいニーズを捉えた製品・サービスを創出
  • オペレーション:サービス提供プロセスをAIで自動化し、品質を担保したままコストを最適化
  • バックオフィス:経理・人事などの間接業務を抜本的に効率化し、付加価値業務へリソースを再分配
【図2】

これらは単なる「改善」ではない。「競争優位の源泉を作り変える」取り組みであり、経営者の強い意志と関与が不可欠なものであった。

技術がもたらす市場構造の変容

技術革新は、企業内部の変革だけでなく、市場そのものの構造変化を引き起こしている。

  • 消費行動の再定義:もはや顧客が「店舗に来る」ことを前提にしてはならない。オンラインとオフラインの境界は消え、全チャネルでシームレスな体験が求められる
  • 顧客データの爆発とパーソナライズ:検索、購買、SNS、IoTなどあらゆる接点から顧客行動がトラッキング可能となり、個人単位で最適化されたサービスが現実のものとなった
  • 競争環境の再定義:テクノロジーを用いて事業モデル自体を刷新する企業が登場。たとえばロールスロイスは、エンジンを「モノ」として売るのではなく、稼働時間をベースとした「推進力のサブスクリプションサービス」へと転換した(図3)
【図3】

このように、かつては異業種と思われていたプレーヤーが、自社の中核事業に突如として現れる「見えない競合」となる。今や、「同業他社との比較」だけでは、経営の視座として不十分である。

日本企業の現在地──変革の「空白地帯」

私たちが訪問する日本企業のCEOで、「この3年間でどれだけのデジタル投資を行い、どれほどのリターンがあったか」という問いに、即答できるのはほんの一握りである。これは単なるITリテラシーの問題ではない。組織構造、意思決定の文化、そしてリーダーシップのあり方そのものが、DXを「阻害している」。ガートナー社の調査結果からも、IT投資に対する成果が見えにくいという課題が、多くの企業に共通していることが浮き彫りになっている(図4)

【図4】

DXが機能不全に陥る4つの構造的障壁

日本企業においてDXが十分な成果を上げられない背景には、共通して存在する構造的な問題がある。以下に、その代表的な4つの障壁を整理した。(図5

  • トップダウン不在の合議制文化:CEOがリスクを取り、方向を示すのではなく、部門間調整に終始。結果、誰も意思決定をせず、スピードと覚悟が欠如する
  • 丸投げ型の組織構造:経営がIT部門に、IT部門がベンダーに業務を丸投げし、責任も知見も空洞化。これではアジャイルも内製も成長も生まれない
  • レガシーシステムとデータ品質の課題:DXの前提となるシステムが老朽化し、肝心のデータも不整備。特に生成AIはデータ品質に極めて敏感であり、「汚いデータ」は誤った意思決定を量産する
  • PLに現れない「やったふりDX」:現場ではツールが使われず、業務プロセスも変わらない。結果、売上・利益・生産性といった指標にインパクトが出ない
【図5】

このような構造的問題が放置され続けた結果、日本のデジタル競争力は20年間、世界最下位グループに甘んじている(図6)。

【図6】

しかしながら裏を返せば、伸びしろが最も大きいのは日本企業であるとも言える。デジタル・AIを正しく実装すれば、2035年までにGDPを140兆円押し上げ、労働時間を17%削減できるポテンシャルがある(図7)。

【図7】

CEOへのメッセージ──変革の火種はトップにしか灯せない

経営者は「ITは専門部署に任せるもの」といった考えを捨て、最低限のITリテラシーを身につけ、変革の意思決定者として前に立つ必要がある。以下に、DXを確実に成果へ導く5つのアプローチを示す。

1. ビジネスモデルの再構築

もはや、従来の製品を「より良く」するだけでは競争に勝てない。生成AI、IoT、クラウド、データの進化により、顧客の期待値・市場の構造・価値提供の方法が根本的に変わっている。企業は単にデジタルを活用するのではなく、バリューチェーン全体と収益構造を「再設計」することが求められている。「なぜ自社は存在するのか」「これから何に対してお金を払ってもらうのか」を問い直さなければ、現行のビジネスモデルそのものが陳腐化するリスクがある。(図8)

具体例:

  • エンゲージメントの再構築:来店を前提としない顧客行動に対応するため、リアル店舗とECの境界を無くし、「どこで接触しても同じ価値を提供できる」チャネル横断型の体験設計を実現
  • モノ売りからサービス化への転換:IoTデバイスを活用し、製品の使用データをもとに課金する「成果連動型の提供モデル」へ移行。例えば、産業機械、医療機器、自動車などで「稼働率」や「利用成果」に応じてフィーを設定
  • サブスクリプションによる収益モデルの安定化:一度きりの販売から継続的な関係性へ。ソフトウェア、家電、自動車などあらゆる分野で「所有から利用」にシフトする中、LTV(顧客生涯価値)最大化を前提としたビジネスモデル設計が必須
【図8】

2. ドメイン単位での集中変革

「全社一斉にDXを進める」──この発想が、結果的に何も変えられない原因になっている。変革は一気に全社に広げるのではなく、「突破口」から始めるべきである。経営がまずやるべきは、全社の中で最もインパクトが大きく、変革しやすい単位(=ドメイン)を特定し、そこに資源を集中投下すること。このドメインで1年以内に目に見えるPLインパクト(数十億円規模)を出すことで、組織全体に「変革は成果を生む」という確信が生まれる。この「火種」が、次のドメインへ、さらには全社的な展開へと伝播していく。

ドメインの例と狙う効果:

  • 部門(BU)単位:収益貢献が大きく、事業責任者が大胆な意思決定をできる領域(例:法人営業、EC事業など)
  • 機能単位:調達・物流・カスタマーサービスなど、プロセス変革により直接コスト削減やサービス向上が見込める領域
  • 顧客ジャーニー単位:資料請求~契約~アフターサービスなどの顧客体験全体。生成AIやデータドリブンな価格最適化で収益最大化に直結

選定の判断軸:

  • 1年以内に明確な財務効果(数十億円規模)を見込めるか
  • デジタルによって、従来の業務や顧客体験の限界を突破できるか
  • 経営層とビジネス・IT部門が一体で、スピード感をもって動けるか
【図9】
【図10】

3. 組織能力の再構築

真にDXを実現するには、「人と組織」の在り方を根本から見直す必要がある。テクノロジーを活かすのはツールではなく「人」であり、企業が保有する人的資本の再設計こそが、DX成功のカギを握る。以下の4つの要素を「経営の優先課題」として、経営者自身がリードすべきである。(図11)

  1. 実装可能なエンジニアの確保

    自社でDXを推進するには、単なるIT知見ではなく、実装力を持つエンジニアが不可欠である。ベンダー活用・中途採用・社員のリスキリングなどを戦略的に組み合わせ、自社にとって最適な人材確保モデルを構築すべきだ。

  2. 人事制度の再設計

    優秀なエンジニアが入社・定着し、成果を出すためには、評価・報酬・キャリアパスなど人事制度全体を見直す必要がある。従来の「年功序列」や「ゼネラリスト重視」の制度では、デジタル人材のモチベーションは維持できない。

  3. 人的資本への投資

    年収水準の見直し、専門教育プログラムの導入、研修時間の確保など、目に見える投資が必要である。「人への投資なくして、DXの成功なし」という原則を、経営者自身が肝に銘じるべきだ。

  4. アジャイル文化と働き方の改革

    ビジネス部門とエンジニアが壁を越えて一体となり、共通の目的に向かって迅速に仮説検証を繰り返すアジャイルな働き方を定着させる。そのためには、従来の縦割り組織やウォーターフォール型のプロジェクト管理を見直し、「チーム中心」「アウトプット重視」の文化へ移行する必要がある。

    組織能力の再構築は、単なる制度改革ではなく、「企業の競争力をつくり直す」ための構造改革である。そのスタート地点に立てるかどうかは、経営者の意思にかかっている。
【図11】

4. レガシーシステムの構造改革

DXはフロントアプリの開発だけでは成立しない。本質的な変革には、企業の根幹を支える「基幹システム」と「データ基盤」を、戦略的に作り直す必要がある。

多くの企業で見られるのは、IT部門が独自に刷新計画を進める一方で、ビジネス側との連携が不十分なため、新しいデジタルツールが「魂の入っていない空箱」になっているという状況だ。

つまり、ツールは作ったが、本当に価値あるデータはレガシーシステムに閉じ込められており、それを使えない──この状態では、どれだけ優れたUXを設計しても、ビジネスインパクトにはつながらない。(図12)

経営が主導すべき3つのアクション:

  1. 刷新の優先順位をビジネス主導で再設計
    何を先に作り変えるか、どこから着手すべきかは、ITの都合ではなく、ビジネス上のインパクトに従って決めるべきである。IT部門任せの刷新では、スピードも方向性もズレる
  2. APIとデータ基盤の「ビジネス側への開放」
    業務部門がリアルタイムにデータへアクセスできる状態を整備し、2週間に1回のアジャイルリリースが可能な「変化に強い」アーキテクチャを構築する。生成AIの活用もこの前提なしには成立しない
  3. 刷新投資を「守りのIT」ではなく「攻めの成長戦略」へ位置づけ直す
    レガシー刷新は、単なる保守・コスト削減の話ではない。経営判断の精度、スピード、そして新規収益機会の創出に直結する成長ドライバーである。いまやIT刷新は「費用」ではなく「投資」である。

テクノロジーが急激に進化する中で、基幹システムを変えないままDXを語ることは、旧式のエンジンのままでF1に出場するようなもので、勝負になるはずがない。経営者がレガシー改革の主導権を握り、スピードと整合性を持って進めることが不可欠である。

【図12】

5. CEO自身のリーダーシップ

DXは現場任せでは進まない。その本質は、テクノロジーではなく「経営の意思」にある。 そして、その起点に立つのは他でもない、CEO自身である。

どれほど優れた戦略を掲げても、組織が動かなければ意味はない。 変革に必要なのは「号令」ではなく、「行動の変化」だ。役員・部門長・現場が変わるには、CEO自身が変わり、先頭を走る姿を見せる必要がある。(図13)

CEOに求められる3つの行動:

  1. まず、学ぶ──最低限のテクノロジー理解を持つ
    もはや「技術はわからないが、任せている」という態度は通用しない。生成AI、エージェントAI、API、クラウド、アジャイル開発──これらの“ビジネス上の意味”を自ら理解し、判断できるリテラシーを持つことが、現代のCEOの基本要件である。
  2. 自ら語る──変革の意図を全社に届ける
    ビジョンや戦略を「紙」で出すのではなく、自らの言葉で、継続的に語り続けることが必要だ。「なぜこの変革が必要か」「なぜ今やらなければならないのか」を、全社が腹落ちするまで繰り返す。
  3. 現場に出る──組織の動きを肌で感じる
    現場のプロダクトオーナーやエンジニアと直接会話し、障害を取り除き、成功を称える。「DXは会議室ではなく、現場で起きている」ことを体感し、現実に基づいた経営判断を下す。

経営者が自らの時間と関心をどこに使っているか──それが、組織の優先順位を決める。

CEOがDXに本気で取り組んでいるかどうかについて現場が一瞬で見抜くのを、我々は日々目の当たりにしている。だからこそ、変革の最初の一歩は、CEOの行動で示すしかないのだ。

【図13】

結論──経営の変革は、テクノロジーではなくCEOの決断から始まる

AI、クラウド、データ──これらは企業価値を高めるための「手段」にすぎない。真の変革とは、それらを戦略・テクノロジー・ファイナンスの視点を統合し、企業価値の最大化という目的に向けて使いこなすことである。そして、その統合的な意思決定を担うのは、他でもないCEOである。 日本企業に必要なのは、最新の技術そのものではなく、それを企業の未来にどう組み込むかを構想し、リスクを取って実行するリーダーシップである。変革の出発点はテクノロジーではない。すべてはCEOの覚悟と判断から始まる。

 

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