なぜ今、日本に「デザイン」が必要なのか

日本企業はイノベーションを強化し、顧客との関係を再構築しようとしている。デザインはこれらを実現する上で極めて有効な手段となる。

日本の経営幹部の多くが、従来のコア事業の外に成長の源を求めるようになっている。他社との差別化と競争優位性を生み出す源として、イノベーションが果たす役割が重要視されている。イノベーションは、単に科学的な発明を意味するのではなく、顧客ニーズに新しい解決策を提供することを意味する。新しい解決策は、新しい技術によって実現されることもあれば、既存のテクノロジーを従来とは違う組み合わせることで実現される場合もある。

残念ながら、日本はかつてのトップイノベーターとしての地位を失っている。WIPO (World Intellectual Property Organization、世界知的所有権機関) が公表している2021 年のグローバルイノベーションインデックスでは、日本は130カ国中13位に止まっている 。日本製品は全般的に高品質であるというイメージが定着しているものの、時に、不必要な機能を多く備え、オーバースペックな場合がある。日本のメーカーは、他のグローバルな競合企業と比較して、変化への適応にも後れを取っている。これが輸出の伸び悩みをもたらし、海外企業による国内市場への進出も許す原因となっている。日本企業の経営幹部は次のような問いを投げかける。「顧客のアンメットニーズに応える革新的な商品を開発するにはどうすればよいか」「競合他社との差別化を図るためには何をすべきか」「コストを抑制しつつもクオリティを下げることなく、商品の価値を高めるためにはどうすればよいか」「企業組織のイノベーション能力を向上させるためには何ができるか」。

日本におけるイノベーションを阻む障壁

日本は、成果がKPIに明確に反映されるプロセスイノベーションに強い。しかし、成果が顧客の選好などの外的な要因に左右されるようなビジネスモデルのイノベーションにおいては、目立った成果を上げられずに来ている。日本のメーカーは、高品質な製品の作り手として知られており、これは、プロセスイノベーションにおけるたゆまぬ努力の賜物と言える。例えば、トヨタが開発したセル生産方式は、家電や自動車製造の現場におけるグローバルスタンダードとなっている。日本企業は、多くの場合においてイノベーションを、こうした製造手法の改善の延長線上にあるものと考えている向きがある。日本の研究者が実施したサーベイによると、「日本におけるイノベーションとは、商品もしくはサービスを完璧に仕上げるためのあらゆるプロセスに見られるものであり、その努力の成果と言える」。

皮肉なことに、こうした改善に向けた継続的な取り組みが、ブレイクスルーをもたらす障壁となってしまっている。こうしたイノベーションの障壁は、日本企業の創造力や技術力に関連するものではなく、むしろ、日本企業が顧客ニーズにどのように対応してきたかによって生じている。イノベーションは、顧客との深いつながりと理解がない限り不可能だ。デザインとは、企業と顧客をつなぐ橋渡し役となるものである。だからこそ、デザインがテクノロジー中心主義を顧客中心主義にシフトさせ、価値を創出し、日本のイノベーションを加速することができるのである。

日本におけるイノベーションの推進要素としてのデザイン

優れたデザインとは、接すればすぐに分かるものである。しかし、「デザイン」とは何を意味するのだろうか。デザインとはもはや、審美的な意味合いにとどまるものではない。顧客ニーズを新商品やサービスに反映させるための、多くの実績で裏付けられた科学的な手法であり、ビジネスにおける規律と言える。日本は、今まで多くの優れたデザインを生み出してきた。ソニーのWalkmanは、音楽をパーソナルかつ持ち運び可能なものにした。また、日本の新幹線は全国に敷設され、優れた高速移動手段として知られている。決して派手ではないが、QRコードもまた、人々のインターネット上の探索手法を大きく変えた。しかし、デザインは、ビジネスパフォーマンスにどのような影響をもたらしているのか。

2018年にマッキンゼーが実施したデザインのビジネス上の価値についての調査によると、ビジネスの業績とデザインに関するアクションや行動パターン に一定の相関関係が認められた。業界初であるこの調査は、世界中の300社超の上場企業を対象に5年以上の期間にわたって実施され、財務およびオペレーションデータの詳細な分析に基づいている。「デザインに即した行動様式」をとるかどうかの評価で上位25%に入る企業は、業界における平均成長率を2倍程度上回っており、収益や株主リターンもベンチマークを上回っている。この相関関係は、業種を問わずあてはまる。

デザインを効果的に導入している先駆的企業は、特に次の4つの主な項目において、高いスコアを出しいる。アナリティカルリーダーシップ、シームレスな顧客体験、機能横断的なアプロ―チ、そして反復的な開発の重視である (図表 1 ) 。日本企業の経営幹部に対しインタビューを行ったところ、これら4つの項目を阻害するような文化的および組織的な要素の組み合わせが存在し、低評価に影響していることが明らかとなった。

一方で日本企業においても、優れたデザインプラクティスを導入するために体系立ったアプローチを取り、成功している例を多く見付けることができた。本稿では、これらの4つの項目を見て、日本企業の成功を阻んでいる共通の障壁を取り上げ、これらを乗り越えるために何をすればよいかについて見ていく。

We strive to provide individuals with disabilities equal access to our website. If you would like information about this content we will be happy to work with you. Please email us at: McKinsey_Website_Accessibility@mckinsey.com

アナリティカルリーダーシップ

日本の企業は、変化を起こす前に関係者の合意を得ることでリスクを管理しようとする。リーダーは、意思決定を行う際に部下から上がってきた声に耳を傾ける。こうしたアプローチは、日本製品の高品質を実現する上で、極めて有効であった。こうしたアプローチの下では、失敗につながりそうな細かい情報を取りこぼすことは少ない。だが、思いがけない負の側面としては、ハイリスク・リターンのアイディアが経営幹部の耳に届くまでに淘汰されることが多い点が挙げられる。こうした事実があるため、エンジニアやデザイナーも新奇なアイディアを提案しなくなる。

コンセンサスに基づいた意思決定がイノベーションを阻害しうることに、日本の経営幹部も気付き始めている。顧客第一主義を信条とする大胆な経営者の多くは、「コンフォートゾーン」を抜け出し、プロセス改善型のイノベーションから抜け出すことを部下に要求するようになっている。こうしたリーダーシップの例としては、日本の装置メーカーのCEOの例を紹介したい。「製品とは、エンジニアのニーズではなく、顧客のニーズありきで開発されるべきである」というのが、彼の信条であった。このCEOが課した課題は、商品開発において顧客ニーズを捉えるために、エンジニアとマーケターだけでなく、インダストリアルデザイナーを関与させることであった。この課題に応え、エンジニアリング主導のコンセンサス型アプローチではなく、顧客ニーズに基づいた新しい製品の仕様が定義されるに至ったのである。このCEOは、我々とのインタビューにおいて「デザインを取り入れることで、エンジニアが提案するハイスペックの仕様と顧客から得たインサイトの間で、丁度よいスペックレベルを実現することができた」と語った。 このCEOは、部下に課題を与えるだけでなく、イノベーションプログラムに十分なリソースを割り当て、小規模なパイロットプログラムを展開することでリスクを管理し、KPI (重要業績評価指標) を設定する際には市場データを考慮した。

この他には、日本の医療機器企業では、従来からの保守的なコンセンサスベースのアプローチから脱却するために、製品ポートフォリオを管理するためのデータを活用している。かつては、製品数を減らすと顧客の喪失につながるという営業チームの主張が通り、その結果、製品ポートフォリオは極めて多くの製品から成る複雑な構成となっており、これを維持するには高いコストが必要となっていた。先進的企業は従来の収益とコストだけではなく、顧客KPIに基づいて、より精緻なポートフォリオや商品開発プランの策定を行うようになっている。経営幹部は、売上データを顧客からのインサイトと組み合わせて見ることで、製品のパフォーマンスについてより批判的な視点から精査するようになり、その結果、売れ行きの悪い製品は廃止された。また、新商品の開発において、事業部門のトップは、必要な投資金額の裏付けをとるために、リバースP&Lに基づくアプローチ (ある商品の損益を予測するために、重要な前提条件を特定し、市場から得た情報に基づいてテストを繰り返すことで予測の精度を高める手法) を採用するようになっている。同じセクターの別の企業では、データに基づいて商品開発の意思決定を行っており、例えば「この商品の開発にはどの程度の労力を必要とするか」といった質問に定量的な回答を得ている。 商品開発の労力は、以前のプロジェクトデータに基づいて予測され、具体的には、エンジニアリングの所要時間、CADバージョンの履歴、チームメンバー間のコミュニケーションレベル等といったデータを勘案して見積もられる。

シームレスな顧客体験

日本の企業は、顧客を理解するために多くの努力を行っているが、顧客が真に何を必要としているかを見出すことには苦労している。日本企業は、顧客ニーズや顧客からのインサイトを得るために、営業チームやサーベイ調査に頼ることが多い。また、マーケットから得る情報は、当該ブランドの忠実な顧客や大口顧客のニーズに偏っていることが多く、「平均的」な顧客のニーズを代表していない可能性がある。その結果、あらゆる状況に対応可能な過剰機能/性能の商品を開発しようとする。たとえその機能のコストが高く、付加価値が低くても、そして時には顧客体験を損なうものであっても、あまり顧みられることはない。この課題は、輸出先の海外市場においてさらに深刻なものとなる。というのも地理的および言語的な壁から、顧客の声を捉えるのがさらに難しくなるからである。日本の政府高官の言葉を引用すると「多くの日本企業は、顧客の声を商品開発に的確に反映するべきことや、その理由は十分に理解している。ただその実現手段が分からないのだ」。

そして今、一部の先進的な日本企業は、こうした従来型のモデルから離れ、エスノグラフィーに基づく調査手法などを駆使することで、顧客の真のニーズや好みを捉え、商品開発チームに提供しようとしている。例えば、一部の医療機器企業は、政府支援プログラムを活用し、「クリニカルイマージョン」アプローチを採用している。製品開発エンジニアは介護の現場に派遣され、自社の製品が実際にどのように使用されているかを観察するのである。マーケットについての理解を深め、現場における課題や改善機会を把握することで、エンジニアは、患者や介護関係者に対する共感を深める。こうしてエンジニアは、単に自社製品の技術的要件に止まらない、真の顧客ニーズについての理解を深めていく。

また、他の企業は、商品の仕様を決める方法を変え、特定された顧客要件と仕様が紐づくことを要求している。前述の装置メーカーでは、新しい製品カテゴリを分析するために「追跡可能なデザイン思考」アプローチによるプロジェクトを実行した。ここでは、新製品の全ての機能は、ある特定の顧客ニーズに紐づけられている。これにより、エンジニアチームやそのマネージャーは、顧客の声が忘れられることのないよう、そのニーズを反映した製品づくりを徹底することに成功した。同社のCEOは、当該アプローチは極めて強力であり、「複雑な課題のかたまりを小さな課題へと分解できる」のがその理由としている。

機能横断で人材が集結

日本では、専門的な技能を有する人は、「匠」や「職人」として尊敬・尊重されるが、こうした考え方が組織における機能ごとの縦割主義を無意識に創り出している。成功をもたらすデザインとは、今までにない新鮮なアイディアや様々な機能部門の人材から得る多様な視点なくしては実現できない。忠誠心の高い社員と硬直的な組織体制で構成される大企業が各産業の大勢を占めている日本では、社内を横断した自由なアイディアの共有は難しい。

デザインを重視する企業では、1つの機能や部門だけではなく、組織全体で顧客中心主義的なデザインを追求している。これを実現するための最も有効な手段は、機能横断的に編成された小規模なチームを立ち上げ、必要なサポートを十分に提供した上で、自己裁量をもって迅速に動くための権限を付与することである。これらのチームのサクセスストーリーは、他の製品の開発担当チームにとっても好ましい刺激となる。日本の医療機器企業のリーダーは次のように語っている。「機能横断的に編成されたチームを中心とした働き方にシフトすることは、プロダクトデザイナーとしてより良い商品を提供する上で極めて重要なステップの一つであった」「クロスファンクショナルに編成されたチームの下では、情報は常にリアルタイムで共有されるため、共通の理解が醸成され、革新的な成果につながる討議を行うことが可能になる」。

こうしたアプローチは、日本企業が継続的な改善により優れた品質の商品を生み出すことに貢献した、階層的でコンセンサスに基づくアプローチとは正反対のものであるが、一部の日本企業はすでに導入し、大きな成功を収めている。例えば、ある医療機器メーカーでは、バリューエンジニアリング部門を立ち上げ、既存の商品ラインを刷新し、コストを削減しつつ、新たな価値を付加することに成功している。

同チームは、売上と事業機会基づいて対象とする製品カテゴリを選択し、競合企業の製品を分解して、各構成部品のコストを積み上げていくクリーンシート分析を行うことでコストモデルを把握した。その後、社内エキスパートや医師の手を借り、顧客からの洞察を集めた。アイディア出しのワークショップでは、「バリューアップ」および「コストダウン」の両方について、数百のアイディアを案出することに成功した。ここで出されたアイディアは、インパクト、すなわち、顧客にとってのメリットの大きさおよび実行可能性に基づいて、機能を横断チームにより評価・選出される。選出されたアイディアは、もたらすべき利益の見積もりと合わせて事業部門のトップに提出され、どのアイディアを実行するかが評価され決定される。ある製品については、利益率を50%も底上げできた。

反復的な開発アプローチ

グッドデザインにおける最後の要素は、前述の2つとも密接に関係している。デザインリーダーたちは、商品開発において反復的なアプローチを取る。部門横断のチームは、開発サイクルにおいて複数のプロトタイプを作成し、段階的に機能を追加・精緻化して行く。重要な点として、これらのプロトタイプは可能な限り現場の顧客に対してテストされ、顧客からのフィードバックに基づいて繰り返し改善が重ねられていく。

反復的なデザイン開発の手法は、ソフトウェア開発に変革をもたらしたアジャイル開発を参考としている。この手法により、ソフトウェア開発のスピード・質・生産性は近年大幅に改善している。この手法は、日本のエンジニアが採用してきた従来の「ウォーターフォール型」の開発手法とは対照的であり、ウォーターフォール型モデルの下では、いくつもの関門を通り、様々な部門間の引継ぎを経て、製品開発は段階的に行われ、顧客は最終段階に至るまで新製品に触れることはない。 迅速かつ時には予測不能なアジャイル手法を、長期的なプラニングが主流となっている日本企業内において導入するにあたっては多くの課題が予測されるものの、日本企業におけるアジャイルアプローチについては、重要な先例がすでに存在している。それは、製造業における継続的・段階的な改善の徹底を意味する「現場改善」の哲学で、日本、そして世界の製造業における生産性を劇的に改善させたリーン手法の根本的要素となっている。

現在、一部の日本企業は、この「現場改善」アプローチを製品開発に応用しようとしている。前述のエスノグラフィー調査の一環として、例えば一部の医療機器企業では、初期段階のプロトタイプを現場に持ち出し、ユーザーテストを受けさせている。その成果は劇的であった。あるケースでは、コンセプトモックアップの初期テストの段階で、製品仕様が、現場のニーズに合致していないことが明らかとなった。この企業は、このようなプロセスを繰り返し、よりニーズに合致したプロトタイプを作成し、現場で改めてテストした。完成した製品は、現場のニーズにより合致した機能を有し、発売後の成功確率もより高い結果となった。

アジャイルアプローチに基づく他の手法もまた、日本企業で導入され始めている。例えば前述のデザイン重視の装置メーカーにおいては、エンジニアは、先進的なプロジェクト進捗管理ソフトを使って、以前発生した課題の「バックログ」を管理し、新製品開発において重要となりそうな要請や要件を把握している。また、製品開発チームとマーケティングチームは、日々の業務の進捗状況を報告するために毎日短いミーティングを実施し部門間の壁を取り払っている。これらのチームは業務は3週間の「スプリント」、テスト期間、振り返りおよび次のスプリントの計画で構成され、これを1サイクルとしている。

以下の表は、我々が日本の企業において観察したデザインの促進を阻害する要素の一覧である。隣には、「デザインの推進要素」をデザインリーダーが実践している4つの主なテーマごとにまとめて対照併記している。

We strive to provide individuals with disabilities equal access to our website. If you would like information about this content we will be happy to work with you. Please email us at: McKinsey_Website_Accessibility@mckinsey.com

本シリーズでは、先進的な日本企業がいかにしてこれらの4つの項目に取り組み、そのイノベーション能力を強化しているかについて詳細に見ていく。次回は、日本における多くの企業に共通する重要課題について考察する。すなわち、グッドデザインプラクティスの導入を推進するために必要な、既存の人材のスキル・ケーパビリティ構築および意識改革の進め方を取り上げる。

Explore a career with us