2026年M&Aトレンド

| レポート

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2025年の世界 M&A 市場は顕著な回復を遂げ、取引総額が大幅に拡大する中、大型案件が活発に見られた。マッキンゼーでは、この勢いは2026年も続くと考えている。主要トレンドとして、以下の5つが挙げられる。(1) 外部ショックに対応すべく自社変革を加速させる必要性の高まり、その手段としてのディールメイキングの重要性増大、(2)AI やクラウド、半導体など今後の企業競争の前線となる「アリーナ」産業への資金集中、(3)100億ドル規模を中心とした大型案件の増加、(4) ポートフォリオの戦略的再編 ( 分離・売却 ) の活発化、(5)プライベートエクイティによる買収の活発化。セクター別ではテクノロジーやメディアが存在感を増しており、同一地域内の案件が主流ながらもクロスボーダー案件も増加傾向にある。アジア・太平洋地域の M&A 市場は回復基調にあり、地域外への投資が流入を上回っている。日本においても、事業の分離・売却や海外での M&A が増加している。

2026年以降、企業は、さらに変動の激しい事業環境下で競争優位を維持するために、複数の方策を講じることが求められる。具体的には、①地政学変動のシナリオを想定した詳細な M&Aブループリントの整備、② IPOと事業売却を両輪とする事業分離戦略の策定、③売上げ、利益、資本を包含する説得力のある強固なシナジーの提示、④ AI の戦略的活用によるターゲット探索とデューデリジェンスの高度化、⑤地政学的リスクを継続的に監視する機能(監視塔機能)の設置、を検討すべきである。今後は、M&Aを単発の打ち手ではなく組織能力として設計・運用することが不可欠であり、迅速な意思決定と、シナジー実現および事業価値向上に向けた実行力を備えることが、持続的な価値創造の要諦となる。

日本企業の M&A への意味合い

2025年は、日本企業の M&A の件数・金額ともに過去最高を記録した。企業成長の選択肢としてM&A が改めて主役の座を取り戻したと言える。振り返れば、日本企業が関与した M&A は2022年に件数ベースで過去最多を更新し、2023年は件数こそ減少したものの、金額ベースで約17.9兆円と前年比約5割増となるなど、その勢いは年を追うごとに増している。2025年の「過去最高値」は、こうした流れの延長線上に位置づけられる。

2026年は、日本企業のM&A がさらに活発化する年になると期待される。 多くの企業にとって、M&Aは、リソース配分における恒常的な経営の選択肢として定着しつつある。実際に、不確実性が高い局面ほど、ポートフォリオを機動的に入れ替えた企業がその後も良好な業績を維持する傾向があるという示唆もある。単に案件数が増加するにとどまらず、M&Aを組織能力として「経営の当たり前」と位置づけ意識的に活用する企業と、依然として単発のイベントにとどまる企業との差が、より鮮明に浮かび上がる年となるであろう。

また、グローバルとの間に依然として存在する大きな差を埋めることも重要な課題であり、この差を埋められるかどうかが価値創造における大きな分岐点となる。日本の大企業によるM&A は、グローバルの比較対象と比べて質・量の両面において依然として差がある。その差は、個別案件の巧拙というより、「戦略策定→ソーシング→ディール実行→価値創造・ガバナンス」という一連の営みを組織能力として回せているかどうかにある。以下、日本企業に多く見られるM&A 上の課題について簡単に概説する。

  • M&Aを経営の恒常的なアジェンダとして位置づけていない

    M&A が経営の恒常的なアジェンダとして取り上げられておらず、そもそもの検討件数が少ない。とりわけ「ディール前」の段階において、全社戦略とM&A 戦略の整合、投資テーマの徹底的な具体化、対象企業のパイプライン構築といった探索活動を「仕組み」として継続的に回せている企業はごく少数にとどまる。その結果、外部から持ち込まれた案件を受動的に検討するにとどまり、良質な案件を自ら発掘・創出できていないのが実情である

  • 意思決定プロセスの体系化が不十分である

    デューデリジェンスに至るまでの経営陣・取締役会の判断の体系化が急務である。日本企業は統計的に、欧米企業より高いプレミアムを支払う傾向にあるとされる。その背景の一つとして、M&Aの意思決定に対する経験や習熟度の不足が挙げられる。戦略的に正当なターゲットに対して、シナジーを上回る価値向上を実現するための PMI の確度を見極めたうえで、適切な価格で交渉する。あるいは、いわゆる「ディールフィーバー」に陥ることなく、必要に応じて案件から撤退する判断を下す。こうした意思決定を適切に行うには、個別案件の議論に着手する前段階で、経営陣や取締役会においてM&A に関する討議を十分に行っているかどうかが鍵となる。あわせて見落としてはならないのが、「実行したディール」の裏側に潜む問題である。すなわち、本来実行すべきであったディールが、経営会議や取締役会の段階で、価格やスピード、最終判断といった局面で踏み切れずに見送りとなった可能性にも目を向ける必要がある

  • PMI に関する知見とリソースが不足し、初期段階の甘さが後の失敗を招く

    PMI は「間接機能の統合やコンプライアンス上必要な対応を済ませて終わり」ではない。そもそもディールの価値は、シナジーだけでなく、買収した事業そのものの基盤にも存在する。その価値の毀損を防ぐことも、買収側の PMI の主目的であるはずである。このような重要な点を見落とし、「チェックリスト依存」の形式的な PMIで完了と見なしてしまうと、事業上の困難な局面や組織内の不和、経営陣の離脱などが生じた際に適切な介入ができず、傷口が広がる事態を招きかねない。PMIを属人的な対応に委ねるのではなく、プレイブック等で組織知として蓄積することが不可欠である。ただし、PMI の核心はプレイブックに簡単には落とし込めない部分にあるという点にも留意する必要がある。買収先・買収元双方の従業員の心理が「不安や恐怖」から「希望」へ、さらには「より良い経営や成果の中で力を発揮する喜び」へと移行していけるよう、真に有効な PMIを実行することが求められる

2026年を「M&Aを組織能力として確立する年」に

日本企業の M&A 能力構築こそが、個別案件の成果を向上させる最も有効な手段であると考える。ディール前・中・後にわたる能力を、案件創出からの実践や過去の買収の振り返りを通じて継続的に強化していくことで、M&A の成功確率を体系的に高める道筋が見えてくる。主要経営陣が検討の幅を広げペースを上げ、M&A の意思決定に関して体系的に議論を行うことを習慣として定着させることで、いざ案件に直面した際に適切かつ迅速に判断を下せる体制を整えることができる。PMI については、過去の案件を振り返り、必要に応じて買収先の事業価値向上に改めて取り組むことも有用である。PMI 初期の設計において放置が前提になっていないか、少人数の出向者に過度な負荷を負わせていないか、という観点から自社の実態を検証したうえで、次の案件に向けては PMIをディールに不可欠な投資と位置づけ、体制整備のための予算確保や人員配置を早期から組み込むことが望ましい。

今後は、M&Aを「継続的な経営アジェンダ」として恒常的に運用し、案件数を着実に積み上げながら、PMIを通じた価値向上の成功率を高めていくことが求められる。2026年が、M&Aを、一時的なプロジェクトではなく、「組織能力として確立する年」となるよう、その動きを加速させたい。そうした取り組みがより多くの日本企業に浸透することで、グローバルとの差を埋め、M&Aを通じた持続的な価値創造へと到達できるのではないだろうか。

2026年4月

加藤千尋

はじめに:2025年の急回復が、2026年の「次の局面」をつくる

2025年、世界の M&A 市場は一時減速の兆しを見せたものの、すぐさま大型化の波に乗り、年後半にかけて力強い加速を遂げた。この背景として、貿易政策をめぐる急激な変動が次第に「致命傷になりにくい ( 予測可能な ) 変化のパターン」へと収束し、企業側にまず安心感が生まれ、次いで自信が芽生え、やがて「取り残される恐れ (FOMO: Fear Of Missing Out)」へと転じて取引意欲を押し上げたことが挙げられる。バランスシートは総じて堅固であり、緩和的な金融政策が資本コストを抑え、さらに AIをめぐる熱気も市場心理を明るくした。こうした追い風を受け、2025年の世界の M&A 取引金額は4.7兆ドルに達し、前年3.3兆ドルから43% 増と大きく伸びて過去10年平均をも上回った。一方、件数 ( ボリューム) は横ばいにとどまり、1件当たりの規模が拡大、すなわち大型案件が市場を牽引する構図が鮮明となっている( 図表1)。

2026年も直近のトレンドは継続する

2026年においても、M&A のモメンタムを支える強い追い風が複数重なる状況が続いている。変化への対応としてのディールメイキング、新たな成長源の探索、大型案件への持続的な関心、不確実な市場環境下でのポートフォリオの絞り込みなど、これらが相互に補強し合う構図は、2026年も続いていくであろう。加えて、プライベートエクイティ(PE) は巨額の未投資資金 (ドライパウダー )を抱えており、保有期間の長期化もあって、出資者 (LP) の忍耐力が試される傾向も表れている。

変化が速いほど、M&A は「適応のための必需品」になる

企業を取り巻く外部環境の変化が激しさを増す中、M&A は、単なる成長手段ではなく、リスク対応や競争優位確立のための戦略的ツールとしての位置づけを強めている。マクロ環境や自社見通しへの信頼感は改善しつつあるものの、2025年の調査では、貿易政策の変更、世界的危機、マクロショックといった外部課題に対処する自社の能力に「自信がある」と答えた経営者は3分の1にとどまっている。多くの経営者が外的ショックへの対応力に自信を持てておらず、その結果としてM&Aを通じて事業ポートフォリオを強化し、不確実性を乗り越えようとする動きが強まっている。特にオーガニック成長が難しい環境では、コア競争力の強化と新技術・新市場へのアクセスの確保を同時に実現する手段として、M&A の重要性が一段と増している。

新しい成長源の探索 : AI 投資の加速と「アリーナ」への資金シフト

AIおよび生成 AIへの投資が加速するにつれ、テック志向の事業が取引金額全体に占める比重が高まっている。マッキンゼーは、マクロ動向のレポートにおいて、ビジネスモデルや技術の劇的な変化 (ステップチェンジ )、投資競争の激化、巨大かつ拡大する市場、この3つを併せ持つ高成長産業を「アリーナ」と定義し、18のアリーナ産業が2040年までに世界経済の構造を大きく変え、GDP比で2022年の約4% から16% へ拡大し得ると指摘している。ディールメーカーがとりわけ注目している12のアリーナ産業は、いまやディール金額の40%を占め、20年前の7% から大幅に拡大している。さらに、これらのアリーナ産業は企業価値倍率 (EV/EBITDA) の平均がアリーナ以外の産業を上回っており、成長期待の高い分野に資金が集中する構造が定着しつつある( 図表2)。

大型案件が主役に: 2025年の「ビッグディール」が2026年の地ならしになる

2025年に最も目立った現象は、「100億ドル超」の大型取引が大幅に増加したことである。100億ドル超規模の取引は60件に達し、コロナ後のピークである2021年以来の多さとなった。金額ベースでは、大型取引の合計が前年比112% 増の1.3兆ドルに達し、全体の28%を占めるまでに上昇した。一方、10億〜100億ドル規模の中型取引も金額ベースで47% 増と堅調に伸び、全体の45%を構成している。さらに2025年には300億ドル超規模の案件が10件に上り、2024年の4件から大きく増加した。中でも象徴的なのが、Union Pacific によるNorfolk Southern の895億ドルでの買収であり、米国初の「大陸横断鉄道」を生む史上最大級のディールとなった ( 図表3)。こうした大型化の背景として、テック企業の高いバリュエーション( 企業価値評価 )、より大規模な業界統合 (コンソリデーション) 案件の増加、そして新地域にスケールを伴って参入する必要性が挙げられる。2025年の40億ドル超の案件の過半が業界統合に分類されており、低成長環境下で競争地位を守りコスト効率を追求するために統合へ向かう力学が強く働いていることがうかがえる。

2026年に向けても、統合と地理的拡張を軸に大型案件は増える見通しである。もっとも、AIプレーヤーの一部はインフラ投資 (データセンターなど) に巨額の資本を投じるため、大型 M&A は一時的に抑制される可能性があるが、テックのサービス領域が引き続きビッグディールの勢いを支えると見られる。

戦略的な「選択と集中」: ポートフォリオのスリム化とアクティビストの圧力

不確実性が高まるほど、企業はポートフォリオの見直しをよりダイナミックに、より頻繁に行うようになる。2025年は、スピンオフ、スプリットオフ、カーブアウト、資産・持分の売却などの「事業分離・売却 (Divestitures)」の金額が前年比30% 増の1.6兆ドルとなり、2021年以来の高水準に達した。

また、地政学、貿易、競争環境の変化に加え、アクティビスト投資家の活動が活発化し、「より声高に、より多様化して」存在感を増している。2025年のアクティビストキャンペーンは世界全体で5年ぶりの高水準を記録し、前年比15% 増となった。地域別では米国が過半をやや上回り、次いでアジア太平洋地域が約25%を占めている。キャンペーンの約3分の1が M&A に関連しており、取締役会の議席獲得や和解の早期化など、企業側が長期の公開戦を避けようとする動きが見られる。一方で、分離・売却を求めるキャンペーンが3分の1超に上るのに対し、実際にスピンオフやリストラクチャリングに至ったケースは23% にとどまり、「圧力と結果のギャップ」も浮き彫りになっている。こうした潮流は簡単には衰えない。分離・売却は、うまく行えば売り手・買い手双方に大きな価値を生むため、重要な経営手段として定着し続けると考えられる。

PE は再び攻勢へ : 大型化、保有期間の長期化、セカンダリーの拡大

2025年におけるプライベートエクイティ(PE) 主導の取引金額は54% 増の1.2兆ドルに達し、M&A 市場全体の成長率 (43%)をも上回る力強い回復を見せた。平均取引規模も8.9億ドルに膨らみ、複数の小型案件よりも少数の大型案件に資本を集中させる効率志向が鮮明になっている。一方、取引件数は1% 減にとどまっている。2026年に向けた促進要因としては、マクロ見通しの改善、プライベートクレジット市場の活発化、エグジット需要の積み残しが挙げられる。実際、平均保有期間は2025年に6.2年へ延び、2009年平均の4.0年から長期化していることは注目に値する。

スポンサー各社はバリュエーションの上昇を待って売却を先送りしてきたが、投資家側の流動性要求は限界に近づいている。ここにきて、スポンサー各社は、市場が貿易再編や金利低下に適応してきておりリスク許容度が改善したことに背中を押され、売却に踏み切る姿勢を見せ始めている。さらに、エグジットの遅れの間に未投資資金が2.2兆ドルまで積み上がる一方で、資金調達は2022年以降じりじり低下し、2025年第2四半期までの4四半期累計で34% 超減の4,400億ドルに縮小した。エグジットが回り始めれば、資金循環の加速化もそれに続く可能性がある。加えて、継続ファンド(ContinuationVehicles)を含むセカンダリー市場が流動性需要の受け皿として存在感を増しており、2025年は第3四半期時点で2024年のセカンダリー市場規模 (1,620億ドル )を上回る記録的なボリュームに達している。この点も重要な変化として注目される。

ディールのパターンの変化を読む

2025年は、ディール金額が伸び、時価総額に対するM&A比率も回復する中で、主要セクターの順位に入れ替わりが生じ、新たな案件パターンが出現した。また、多くの地域で二桁成長が見られるものの、ダイナミクスは地域ごとに異なっている。

セクターの順位が動く: TMT が首位奪還、GEM は相対的に後退、金融は堅調

2025年、世界の M&A 金額が4年ぶりの高水準となる中で、取引金額の過半を3セクター (TMT: テクノロジー・メディア・通信、GEM: エネルギー・素材、金融 ) が占め続けている。中でもTMT は構成比を23% へ高め、金額も61% 増の1.1兆ドルとなり、GEM から首位を奪還した。この背景として、技術、そして買収によってこそ獲得し得る希少な人材が、ほぼあらゆる主要産業で競争優位と収益成長のイネーブラーとなっていることが類推できる。PE にとっても、優良な TMT の買収先候補は、生産性向上に寄与しつつ、規制や貿易混乱といったリスクを緩和できる点で魅力が増している。また、デジタルサービス、ソフトウェア、動画コンテンツなどは有形資産に紐づきにくく、国境摩擦の影響を相対的に受けにくい。こうした特性は、近年の地政学的分断が深まる環境下で好まれる資産の条件を端的に示している。

一方、GEMでは、M&A 金額自体は12% 増の8,320億ドルまで拡大したものの、構成比は23%から18%に低下している。これは、貿易混乱が素材・サービスのコストを押し上げ、プロジェクトを遅らせたこと、想定ほど進んでいないエネルギー移行、さらに地政学リスクの高まりなどが重なったことが主因である。

金融については、M&A 活動が2024年の4,540億ドルから43% 増の6,600億ドルに拡大し、構成比は14%と近年と同水準を維持した。2025年の主要テーマとしては、平均取引規模の上昇と市場内統合(とりわけ欧州 ) が挙げられる。中東では、過去5年間で大手銀行の半数が M&A に関与しており、イスラム金融に軸足を置いているという地域的特徴もある。

地域内取引とクロスボーダーの揺り戻し: 世界は「内向き」ながらも越境も増える

貿易摩擦が強まっては弱まり、また強まるという揺れの中で、2025年の企業取引金額の81% は地域内取引が占め、前年の85% からやや低下した。地域内の企業取引は米州で37% 増と大きく伸びた一方、アジア太平洋地域は13% 増、欧州、中東、アフリカ(EMEA) は11% 増と、総体的に穏やかな伸びにとどまった。

注目すべきは、地政学的緊張があるにもかかわらず (あるいはそれゆえに)クロスリージョン取引も増え、世界の取引金額に占める比率が前年15% から19% へ上昇した点である。大型案件のターゲットは米州に集中し、世界の上位20件のうち16件、300億ドル超の巨大案件10件のうち9件が米州を対象としたものであった。その結果、企業取引における米州への純流入は70% 増の1,490億ドルへ拡大した。これを牽引したのがEMEAの買い手であり、2024年以降の投資額は2倍超の2,490億ドルに達している。

他方で、アジア太平洋地域への域外からの流入は71% 増の710億ドル、EMEA への域外からの流入は80% 増と増えたにもかかわらず、両地域はいずれも依然として純流出地域であり、EMEA は830億ドル、アジア太平洋地域は660億ドルの資本流出が続いている( 図表4)。こうした構図は、世界がブロック化・内向き化へ進む一方で、成長・安全保障・供給網の再設計を目的としたクロスリージョンの M&A がむしろ不可欠になりつつある、という一見矛盾した現実を映し出している。

アジア太平洋地域および日本の動向

回復途上ながらも「次の投資先」が見え始めた地域

アジア太平洋地域の企業・投資家は、急激なマクロ変動と地政学的変化に直面しつつも、より多極化した世界で成長を見出し、能力を獲得し、レジリエンスを高め、リスクを緩和するために、戦略と拠点配置の再設計を進めてきた。M&A はその取り組みの中核的な手段として大きな役割を果たしており、2023〜2024年の低迷からの回復を支えている。

2025年のアジア太平洋地域の M&A 取引金額は8,250億ドルとなり、前年の6,810億ドルから21% 増加したが、過去10年平均の1兆ドルにはなお届いていない ( 図表5)。とはいえ、回復の確かさと構造的な伸びしろの双方がうかがえる状況にあると考察する。

クロスリージョンの増加 : 資本はアジア太平洋から世界へ向かう

世界的に貿易摩擦が強まる中、企業はクロスリージョン取引を大幅に増やしている。米州とEMEA の買い手は2025年にアジア太平洋地域へ約710億ドルを投資し、前年の410億ドルから大きく拡大している。しかし同時に、アジア太平洋地域の買い手は米州とEMEA へ合計1,360億ドルを投じており、結果としてアジア太平洋地域からの資本流出が流入を上回ることとなった。これは、供給網の再編や市場分散の観点から、アジア太平洋地域の企業が「外へ打って出る」圧力を強く感じていることの表れと言える。

域内再編の進行 : 関税・貿易緊張が「国内統合」と「近距離サプライチェーン」を促す

域内取引も持ち直し、アジア太平洋地域の域内ディールメイキングは5,400億ドルを超え、2024年の4,700億ドルから15% 増加した。企業が国内で統合して規模の優位を確保すること、そして貿易緊張に対応してサプライチェーンを「より近くに」寄せることが、域内再編を後押ししている。ここで重要なのは、地政学が単に越境を抑制するのではなく、むしろ「どこで規模を築くか」「どこに供給網を置くか」という戦略設計を通じて、むしろ域内の統合需要を押し上げている点である。

セクター構成 : 先進産業がトップ、製造業は AI・自動化・ロボットへの依存を強め供給網をローカル化

アジア太平洋地域では、取引金額上位3セクターの顔ぶれは2024年から変わっていない。先進産業がトップとなり、2025年には構成比が20% へ上昇 (2024年は16%)し、世界平均の10%を大きく上回った。背景として、域内の製造業が AI、自動化、ロボティクスへの依存を強めるとともに、半導体や EV バッテリーなど重要投入材のサプライチェーンをローカル化している点がある。GEM は構成比18%で2位を維持したものの金額は3% 縮小、金融は構成比16%で3位となっている。

取引の中心は依然としてコーポレート、ただしPEも存在感を増している

アジア太平洋地域の取引は依然として大半が企業主導であるが、PE 取引金額も前年比31% 増の1,280億ドルに達し、域内取引金額に占める比率は16%まで上昇した。ただしこれは、EMEA の33% や米州の26% に比べると依然低い水準にとどまる。その一因として、アジア太平洋地域の PE が引き続きミッドマーケット案件やカーブアウトに重点を置いており、取引規模が相対的に小さいことが挙げられる。一方で、こうした案件の買収後の企業価値創造は往々にしてシンプルで、ROEも高くなる傾向にある。

大型案件と「中華圏・日本」の存在感

2025年のアジア太平洋地域では大型取引も目立った。域内の企業による大型案件上位20件のうち13件は中華圏と日本の買い手によるものであり、同地域の企業取引総額の21%を占めた。加えて、10億ドル以上の案件が地域全体の取引金額の51%を占め、2024年の45% から上昇している。この背景として、インフレの低下、金利の安定、M&A に対する政府支援の拡大といった環境要因が示唆される。

日本の M&A 動向 : ポートフォリオ改革、過去最高水準、海外成長探索がキーワード

例えば日本では、株主利益の保護、ディールメイキングの透明性向上、株価純資産倍率の改善促進といった一連の改革が進められてきた。こうした環境の中で、日本のディールメイキングは過去最高水準に達し、2025年には取引金額が前年の930億ドルから61% 増の1,510億ドルとなった。これには、負債を含め390億ドル規模の国内非公開化 (Take-Private) 案件も含まれている。ポートフォリオの最適化も引き続き行われており、分離・売却の件数は32% 増加している。国内需要が低迷を続ける中、多くの日本企業が成長機会を求めて海外に目を向けている。

アジア太平洋地域の制度・政策の動き: 日本の改革が近隣にも波及し、中国は将来産業へ誘導

日本の改革は周辺国にも影響を与えている。韓国の金融当局 (Financial Services Commission) は、企業のバリュエーションをグローバル水準に近づけ、投資を呼び込むための「Corporate Value-Up Program( 企業価値向上プログラム)」を立ち上げた。内容としては、株主価値に基づく企業のインデックス化、戦略開示の促進、コーポレートガバナンスや株主価値を改善した企業への税制優遇などがある。

中国では、M&A 承認手続きの簡素化、規模と効率を高めるための統合支援、そして量子技術やバイオマニュファクチャリングといった「新興・将来産業」への戦略的インセンティブなど、M&Aを後押しする政策が打ち出されている。これらは、供給網、技術覇権、産業政策が絡み合う中で、M&A が産業構造転換のツールとしても活用されている実情を示している。

アジアのバリュエーションと投資テーマ : 割安感は残るが、ギャップは縮小へ

投資家がアジア太平洋の一部地域・産業に相対的な割安感を見出している一方で、デジタル変革の進展などを背景にバリュエーションギャップは縮小しつつある。また株式市場の PER 水準を比較すると、米国が本稿執筆時点で25倍超であるのに対し、日本と中国 (SSE 総合 ) は約18倍、シンガポールは約17倍、韓国は約17倍、フィリピンは約10倍となっている。こうした国ごとの評価環境の差が、M&A の相対的魅力度に影響を及ぼし得る状況となっている。

アジア太平洋地域では、今後、半導体、AIインフラ(データセンター等 )、EV、電池製造と再生可能エネルギー、重要鉱物など、経済成長を大きく牽引し得る産業への投資が拡大していくと予想される。一方で、地政学リスクは引き続き大きな影を落としており、官民両セクターのリーダーが中国 ( 地域最大の経済圏 )と米国 ( 多くの国にとって重要な貿易相手国 ) 双方と緊密に協働し続ける必要があるという状況は変わっていない。

2026年を見据えて: ディールメーカーへの提言

最後に、2026年も続く不確実性の波を乗り越えるために、経営陣が実務として何を準備し、どう備えるべきかをまとめる。2026年の市場を見通すにあたり、経営者は地政学的な不確実性の波に適切に対処していく必要がある。成長への影響を踏まえると、これは最優先で注視すべき懸念事項の一つと言える。以下に、ディールメーカーの道しるべとなる「実践の型 ( 手引き)」を提示する。

  1. M&Aブループリントを備える。重大な地政学的シフトが起きたときでも、具体的な M&Aブループリントがあれば、買い手はより効率的かつ迅速に方針転換することができる。ブループリントには、狙う市場、想定される制約、どこからどう始めるかを含むロードマップ、そしてリスク低減策 (デリスキング戦略 )を組み込むべきである。ここで重要なのは、機会が見えた瞬間に動けるよう、平時のうちに「設計図」を用意しておくことである。
  2. ポートフォリオの棚卸しを「冷静に」続ける。とりわけ戦略的分離においては、IPO やスピンオフによる上場というルートと、事業会社や金融投資家への売却というルートの「二本立て(デュアルトラック)」を準備しておくことを勧める。こうすることで、市場環境の変化に柔軟に適応でき、買い手の関心を見極めながら、より良いオファーを引き出す時間も確保できる。むろん容易ではないが、バリュエーションのポテンシャル、実行リスク、タイミング、戦略整合といった観点で2つのルートを比較し、最適解を選ぶことが重要である。
  3. 案件の合理性 ( 投資命題 = deal rationale)を、コストシナジーのクイックウィンだけに頼らない。不確実性が高い局面では、投資家はより明確で強固な合理性を求め、シナジーの水準にも高いハードルを課すようになる。したがって、売上シナジーや資本シナジーも含めた「フルポテンシャルのシナジー」を、すべての案件に組み込むべきである。資本シナジーは資本配分や資本利用の改善を通じて価値を創出し、売上シナジーはクロスセルや成長加速の機会を通じて価値を創出する。価値向上に向け、あらゆる手立てを尽くし、買収後の価値創造の成功確度をいかに高めるか、これが肝心なポイントである。
  4. AIツールの活用を「戦略的に」最大化する。AI や生成 AI は既にM&Aを変えつつある。案件サイクルは10〜30% 速くなり、M&A 活動にかかる社内工数のコストは20% 安くなっていると試算される。AI は、地政学的リアラインメント、サプライチェーンの移動、規制変化などに埋もれた機会を見つけ、実行につなげる助けにもなり得る。生成 AI のユースケースは拡大し続けており、ターゲット探索は単発の作業から、エンドツーエンドで能動的に機会を発掘するアプローチへと進化し、デューデリジェンスや交渉はより業種特化の方向に向かい、M&A の他段階とも密接に結びつくようになるであろう。さらにその先を展望すると、デューデリジェンスがターゲット獲得の段階から始まり、その洞察が統合計画へ自動入力されるようになり、統合計画・実行段階ではエージェント型 AI がタスクの50% 超を担うようになるとも考えられる。だからこそ、数多くのツールを吟味し、自社の目標や特性、M&A 戦略に最適なものを見極める必要がある。
  5. 地政学的ナーブセンタ―を設け、M&A のリスクと機会を特定する。地政学的リスクを継続的に監視し、自社への影響をいち早く捉えるためには、地政学的テーマに特化した専門機能、いわゆる「ナーブセンター ( 監視塔機能 )」を設置することが有効である。加えて、クロスファンクショナルな先見チームが、主要イベントやトレンドが各部門・機能に与える影響を短期・中期・長期で評価し、別途設けた計画チームと連携して素早い意思決定につなげる、という組織設計を推奨する。

最後に、2026年の世界の M&A 市場は引き続き堅調な活動が見込まれる。変動の激しい環境の中で勝ち抜くためには、リーダー自身が進化しなければならない。とりわけ地政学、技術、社会の変化が加速している今、これまで以上に柔軟性を高めることが求められる。そして何より、いつ訪れるとも分からない市場の安定を待ち続けるのではなく、ボラティリティを恐れることなく受け入れ、その中で機会を見出し先手を打つ企業が、M&A においても勝者となるであろう。

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