EPで読み解く日本企業の価値創造の現在地

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日本企業の経営課題の一つは、十分な価値を創造できていないことである。 ここでいう価値創造とは、単に利益を生み出すことではなく、「資本コストを上回る利益」を創出することを指す。この価値創造を測る指標を、EP (Economic Profit: 経済利益)という。

日本企業は、総じてEPを持続的に創出・拡大できているとは言い難い。日本のトップ企業群の年平均EPは近年改善しているものの、なおマイナスにとどまっている。一方、米国・欧州の企業群の平均EPはプラス、つまり資本コストを上回る利益を創出し、さらに成長投資を積み増すことで、EPを加速度的に拡大している。

日本企業は、EPの創出を経営判断や事業運営の主眼に据え、これまで以上に価値創造に向けた経営活動を推進していくことが求められる。

価値創造の一助となるべく、本シリーズではEPについて全5回にわたり分析していく。初回となる本稿では、EPの定義や日本とグローバルの比較、日本のEPが低迷する要因などを見ていく。シリーズ後半では、日本企業の課題や、EP向上に必要となる「大胆な施策」、改善に向けた「打ち手」などにも議論を広げていく。


日本企業は、ROE1 やPBR2 を軸に資本効率を重視した経営を進めてきた。これらの指標も経営のガイドとしては有効である一方で、企業の価値創造の物差しとしては十分ではない。 ROEで注目を集めた「伊藤レポート3 」(2014年)や、PBRの概念を広げた東京証券取引所の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(2023年)の公表から数年が経ち、日本でも資本効率を意識した経営は広がってきた。ただし、ROEは「当期純利益 ÷ 株主資本」の式で表される通り、自己株買いや過大な株主還元によって分母である株主資本を縮小させれば、見かけ上は改善し得る。また、PBRは重要な市場評価指標ではあるものの、市場の期待や投資家心理に左右される側面も大きく、企業が日々の経営で直接コントロールできるものではない。このように、ROEやPBRには指標として一定の限界があることから、企業の価値向上を検討する際には、実態に即し、経営行動に結びつく指標を軸に据える必要がある。

企業の価値創造をより本質的に捉える指標が、資本コスト控除後の利益を示すEPである。EPは、事業が資本コストを上回る利益を生んでいるかを測る指標であり、「EP = NOPAT4 - WACC[footnote 5]] × 投下資本」、または式を組み替えると「(ROIC6 - WACC) × 投下資本」で表される。企業がどれだけ利益を生み出したかだけでなく、その利益が資本コスト (WACC)をどれだけ上回っているか、さらにどの程度の資本を投下して価値を生み出しているかを測れる点に特徴がある。企業にとってEPは、ROEやPBRに比べ、「真水の利益」を生んでいるかを把握し、どこに資本を配分すべきかを判断する上で、より実践的な指標といえる。

EPを分布で捉えると、日本企業の価値創造における構造課題が鮮明に見えてくる。縦軸に各企業のEPを、横軸にEPの高い企業ほど右側に位置するように並べると、「べき曲線」のような形が現れる。これは、企業間におけるEPの偏りを直感的に示すものであり、マッキンゼーは「パワーカーブ」と呼んでいる。マッキンゼーの研究7 では、EPは全体に均等に分布するのではなく、上位企業、すなわちパワーカーブの右端の企業に大きく偏っていることが示されている (図表1)。つまり、価値創造は一部の企業に著しく集中しているのである。企業がより大きな価値を創出するには、自社のEPをいかに高め、パワーカーブの右端に位置する企業群に届く水準まで引き上げるかが鍵となる。

日本のパワーカーブは、グローバルに比べて相対的にフラットである。 グローバルのパワーカーブ上には、2020~24年の年平均EPが約660億ドルのNVIDIAなどに代表される大規模な価値創造企業が存在し、右端の立ち上がりが大きい。一方、日本ではそのような企業は限られており、今回の日本の分析対象企業8 の中で最大のEPを示したNTTでも、同期間の年平均EPは約30億ドルにとどまる。結果として、日本のカーブは右端の上がり方が弱く、全体として平坦に見える (図表1)。

加えて、同期間の年平均EPを地域ごとに「上位20%、中位60%、下位20%」に区分すると、日本企業の66%が中位に含まれ、上位は11%、下位は 23%となっている (図表2)。日本企業は、一見「優良な黒字企業」に見えても、価値創造に関してはグローバルで上位に入る企業は少ないといえる。これは、「利益率は高いものの、その利益を再投資して規模を拡大できていない (ROIC - WACCスプレッドは大きいが、投下資本が少ない)」、あるいは「売上規模は大きいが、利益率が十分に高くない (投下資本は多いと考えられるが、ROIC - WACCスプレッドが小さい)」企業が多く、結果として、(ROIC - WACC) ×投下資本の「面積」であるEPを十分に大きくできていないことを示している。

さらに、日本企業には、EP中位層から上位層へ上がる割合が低いという傾向が見られる。 マッキンゼー は、分析対象企業のEP層が時間の経過とともにどのように変化するかを分析した9 。その結果、EP中位層にあった企業が上位層に移行した割合は、日本では7%、グローバルでは10%であり、日本企業は中位層にとどまる企業が相対的に多いことが示されている (図表3)。こうした状況の背景には、前述のように、利益率が十分に高くないことや投下資本が限られていることから、EPを上位層に押し上げる力のある企業が少ないということが考えられる。

時系列的特徴:日本のEPは改善がみられるが、なお資本コストを上回る利益を生み出せていない 

日本企業のEPは近年改善してきたものの、平均すると依然としてマイナス、つまり資本コストを回収しきれていない水準にあり、米国との差も広がっている。マッキンゼーの分析では、日本企業1社あたりの年平均EPは、2009~13年の-6,100万ドルから、2020~24年には-400万ドルへと改善しているが、プラスには転じていない。一方、米国のEPは、同期間に4億3,900万ドルから10億4,200万ドルへと約2.5倍に拡大しており、日米のEP差は更に広がってきている。

その背景にあるのは、日本のROIC - WACCスプレッドがマイナスにとどまったまま、投下資本だけが増加している構造である。日本では2009~13年平均から2020~24年平均にかけて、投下資本が2兆8,230億ドルから3兆3,470億ドルへと増加したが、ROIC - WACCスプレッド10 は-0.04%と、なおマイナスにとどまっている。同期間にROICは改善したものの、WACCの上昇がその効果を一部相殺したため、スプレッドはプラスに転じていない (図表5)。

ROIC - WACCスプレッドがマイナスの状態とは、生み出した利益が資本コストを十分に回収しきれていないことを示している。このような状況では、投下資本を積み増しても価値創造にはつながらない。したがって、日本企業がまず解決すべき課題は、投資の規模そのものよりも、投資が十分に価値を生んでいない状況を改善することであり、例えば価値を生まない領域への投下資本を見直すことなどが挙げられる。

ROIC - WACCスプレッドを改善するには、理論上はWACCを引き下げるかROICを高めるかが考えられるが、WACCは資本構成の変更によって本質的に低減できるものではないため、企業はROICの向上と資本配分の最適化に注力すべきである。モディリアーニ (Modigliani)とミラー (Miller)が提唱したMM理論によると、資本構成を変更しても、企業価値やWACCは本質的には変わらない。 これは、MM理論が前提とする効率的な市場では、資本構成の変更がリスクの変化を通じて負債コストと株主資本コストの双方に織り込まれ、結果としてWACCが不変となるためである。したがって、EPをより向上させるためには、WACCそのものを変更するのではなく、「WACCを上回るROICを実現すること」および「ROIC < WACCの事業から、ROIC > WACCの事業に資本を再配分すること」が重要となる。

日米企業のROICをROICツリーで分解すると、日本企業はEBITDAマージンに課題があることが分かる。 2009~13年平均と2020~24年平均を比較すると、日米企業ともにEBITDAマージンは上昇しているが、その改善幅に大きな開きがある。日本企業のEBITDAマージンは1.1ポイントの改善 (7.1%から8.2%)にとどまるのに対し、米国企業は2.6ポイント改善 (15.9%から18.5%)している。したがって、米国との比較では、日本企業は更に利益率を引き上げる余地があると考えられる (図表6)。

業界別特徴:業界別のEP分析では、ROIC - WACCスプレッドの低い業界が日本のEPを押し下げていることが分かる。

日本では、ROIC - WACCスプレッドがマイナスの業界に属する企業が多額の資本を投下しており、その結果、日本全体のEPを押し下げる構造となっている。 2020~2024年における日本企業のROIC - WACCスプレッドは-0.04%であり、米国企業の5.3%、欧州企業の2.1%を大きく下回る。業界別に見ると、交通インフラ、小売り、不動産、ユーティリティなど、ROIC - WACCスプレッドがマイナスの業界で多くの資本が投下されており、各業界の投下資本は2020~2024年の年平均でいずれも2,000億ドル以上 (分析対象企業の合計)に達している (図表7)。このような状況が、日本企業全体のEPを押し下げていると考えられる。一方、米国や欧州では、先端技術、医薬・バイオ、半導体など、ROIC - WACCスプレッドの高い業界に属する企業の投下資本が大きく、全体のEPを大きく引き上げている (図表8)。

おわりに

以上のように、本稿の分析対象とした日本企業の平均EPは、米国・欧州企業のEPを下回ることが示されたが、その主な要因として四点が挙げられる。

  1. パワーカーブで右端に位置する大規模な価値創造企業が少ない
  2. 中位層に多くの企業が分布し、そこから上位層へ移行するだけの利益成長を実現する力が弱い
  3. ROICは改善してきたものの、WACCの上昇も影響してスプレッドは依然としてマイナスであるため、投下資本を増加させても価値創造につながりにくい
  4. スプレッドの低い業界に属する企業の投下資本が多く、結果として日本全体のEPを押し下げている

このような状況を打破するには、まずROIC - WACCスプレッドをプラスに転じさせ、そのうえで資本コストを上回るリターンが見込める領域へ投下資本を再配分することが重要である。PBRやROEは資本市場との対話において有効な指標である一方、企業が直接コントロールできる指標ではない。そうした観点から、EPは、どの事業が真に価値を生み出しているかを見極め、どこに資本を再配分すべきかといった経営判断を行う際の有効な指標となる11

シリーズ初回となる本稿では、まず日本企業の価値創造の現在地を確認した。続く回では、主要業界の収益性について日米比較を通じて構造課題をさらに掘り下げるとともに、EP拡大に有効な「大胆な施策」と、それを実装・加速させるための経営改革について論じていく。

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