エムスリー谷村代表の
終わりなき挑戦の経営哲学

インタビュー

2000年の創業以来、エムスリーは日本国内のみならず、世界中の医療分野で事業を展開し、医療情報プラットフォームのリーディングカンパニーとして成長を続けています。創業者の谷村格代表は、大学卒業後の1987年に新卒でマッキンゼーに入社し、1999年に同社のパートナーに就任しました。その後、同年にマッキンゼーを退社してエムスリーを設立し、医療業界に革新をもたらしてきました。世界に誇る日本のトップリーダーの一人として、どのように企業の舵取りを行ってきたのか、リーダーシップの秘訣をマッキンゼー日本代表の岩谷直幸とシニアパートナーの菅原章が聞きました。

ミッションに基づく「北極星」となるビジョン:「医療の未来を変える終わりなき挑戦」

岩谷直幸(以下岩谷、略称): まず、エムスリーのミッションについてお伺いします。谷村さんがエムスリーをスタートされたのは2000年です。「インターネットを活用し、健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし、不必要な医療コストを1円でも減らすこと」というミッションに込めた思いを教えていただけますか。

谷村格(以下谷村、敬称略): ミッションは創業時からずっと変わっていません。ただ一箇所だけ、「楽しく」という言葉を途中で加えました。それ以外は創業時から一貫しています。

このミッションを設定した背景には、「何のために会社を設立するのか」という問いがありました。自分や一緒に働くスタッフが何に人生をかけるのかを明確にし、他のどの会社にも当てはまらない、ユニークなものにしたいと考えました。主語を変えたら別の会社でも成立するようなミッションではなく、エムスリーだけに当てはまるユニークなもの。また、このミッションには「終わりがない」という特徴があります。「一人でも多くの健康で長生きする人を増やす」「一円でも不必要な医療コストを減らす」という目標はずっと続けられるものです。反省点を挙げるとすれば、「インターネット」という言葉が少し古く感じられる点です。今後は「テクノロジー」という言葉に置き換えるかもしれません。

岩谷: M3の社名は「Medicine (医療)」「Media (メディア)」「Metamorphosis (変革)」を意味しますが、これらの言葉は創業期にメンバー内の議論の中で自然と決まったのでしょうか。

谷村: まずミッションが先にあり、それを表現する社名を考えました。この三つの言葉がミッションそのものを表しています。

菅原章(以下菅原、略称): エムスリーでは、ネットだけでなくリアルオペレーションやプロダクトも手掛けていますが、どのような経緯で始められたのでしょうか。

谷村: 2000年の創業から2010年までは、インターネット中心に展開し、よりオペレーショナルな機能を持たずに運営していました。しかし、そうした形ではできることに限界があり、2010年から自社で現場のオペレーション機能を持つように方針転換しました。

最初に取り組んだのは医師の転職支援です。当時、病院や転職エージェントが広告を出してくれていたため、利益率は高かったのですが、転職意向のある医師を紹介した後のエージェントのオペレーションの質により、成果に差が大きく出ていました。良いエージェントは医師が応募した当日に連絡を取り、ニーズを聞いて提案します。一方で、オペレーションの質が低いエージェントは1週間放置することもありました。これではせっかくの転職者候補が無駄になってしまうため、自社でオペレーションを持つことにしました。結果的に、自社サービスでは、医師が応募した後8割のケースで1分以内に電話をかけるオペレーションを実現しました。

医療分野には多くの無駄が存在します。例えば、電子カルテを活用したDXを進めることで、コストを大幅に削減できます。しかし、多くの医療機関は未だに従来のやり方を続けており、効率化の余地が大きいです。また、高血圧治療の例を挙げると、AIを活用すれば、血圧を下げることでどれだけイベント(心血管疾患など)が減るかを患者さん毎に計算できます。このような疾患発生予測技術を活用すれば、医療費を最大で8割削減できる可能性があるとも言われています。

ミッションは意思決定にも非常に影響しています。現在、様々な医療課題をテクノロジーを用いて「1人1円」という我々のミッションのもとで40の取り組みを進めており、さらに40アイディア段階のものがあります。これを20か国で展開しており、合計1,600のプロジェクト領域(20×80)でミッションを遂行しようとしているのが我々の戦略です。しかし、現時点で取り組めているのは80程度の領域で、全体の5%に過ぎません。しかも、この5%の既存領域もまだ成長しているので、最終形から見ると1〜2%のレベルにあると思っています。

また、「1人1円」以外の分野には手を出しません。例えば、同様のプラットフォームを弁護士など他の領域で展開したらどうかの声もよくありますが、医療業界でまだまだすべきことが多く存在するので、やらないと決めています。

ステークホルダーとの積極的な連携:「自律性と成長を引き出す採用と環境づくり」

菅原: 当然そのミッションは従業員にも共有されているかと思いますが、従業員向けに特に力を入れて取り組まれていることはありますか。

谷村: 実は育成よりも採用に力を入れています。採用基準は三つあります。

一つ目は「真面目で倫理観のある人」です。マッキンゼーに在籍していた時代にあるクライアントのデータを分析した際、入社前の特性と入社後の活躍度を比較したところ、色々な特性の中で「真面目で倫理観のある人」が最も活躍していることがわかりました。エムスリーでも、頭の良さや業界知識よりも、「真面目・倫理観」を重視しています。これがあればクライアントやチームから信頼され、結果的に良い仕事ができるからです。

二つ目は「当事者意識」です。私たちは「上から言われたからやる」という姿勢ではなく、その仕事について一番よく知っている自分が主体的に考えて行動するということを求めています。人任せにせず、すべて自分ごととして取り組む姿勢が大切です。 一倉定という経営コンサルタントが書いた本に、「郵便ポストが赤いのも自分の責任と思え」という一節があります。最初は意味が分かりませんでしたが、確かに自分は郵便ポストを青くするために何もしていない、郵便ポストを青いまま置いてあるのも自分の責任だと理解するようになりました。そう考えると、世の中は自分の責任じゃないものがなくなる。同じような話で、東日本大震災の際にも多くの企業が売上・利益を大きく下げる中、影響を受ける業界だったにも関わらず、色々工夫をされて業績を落とさなかった上場企業の経営者がいました。その方と話をする機会があった際に、「震災の影響もあるのに、凄いですね」と言ったら「谷村さん、地震くらいを言い訳にしたら経営はできませんよ」と話されていたのを強烈に覚えています。全てを自分の責任と捉えると、仕事が楽しくなります。制約条件がなくなり、言い訳ができないからです。

三つ目は「継続的な自己改善能力」です。能力の瞬間的な高さよりも、PDCAを回し続けられるかどうかが重要です。例えば、イチロー選手は傑出した成果を出しましたが、基礎的な身体能力だけを見ると同じレベルあるいはイチロー以上の選手は他にも居たように思えます。ただ、イチローのPDCA能力が圧倒的に高く、それが成果の差に大きく現れたのだろうと思います。

数年前までは自分で全ての最終面接を担当していました。1時間を投資して良い人を採用する方が、成果を上げられない人を採用して、問題が発生し、後で時間を使うよりも効率的だと考えてです。現在は最終面接を他のスタッフとも分担していますが、私が実施しないものも全ての面接をビデオで記録し、2〜3倍速で確認しています。このプロセスは、Amazonが導入している「バーレイザー(Bar Raiser)」制度を参考にしています。Amazonでは、通常の採用ラインから独立した特別な役割を持つ社員が「バーレイザー」として任命されており、彼らの承認がなければ最終的に採用はできません。現場のマネージャーは業務の多忙さから妥協して採用基準を下げてしまうリスクがありますが、バーレイザーが独立した立場で関与することで、一貫して高い採用基準を維持することが実現できます。この仕組みにより、Amazonは「採用する一人ひとりが組織全体の水準を引き上げるべき存在である」という文化を徹底し、長期的な競争力を支える優秀な人材を確保し続けています。

また、アップルで新しい技術やサービスの魅力を社内外に広め、開発者や顧客の理解を深める役割を担うエヴァンジェリストのガイ・カワサキ氏が話していた事も参考になりました。「A人材は自分より優秀な人材を積極的に採用するが、B人材は自分より優秀な人を脅威と感じ、自分より能力の低い人(コントロールできる人)を採用する。そうするとB人材がC人材を採用し、C人材がD人材を採用するという連鎖が続き、ある日気づくとZ人材に囲まれている状況になる」という話です。これには深く納得し、とにかくA人材を採用し続けることに力を入れています。

岩谷: 採用の重要性について改めて感じます。エムスリーでは、非凡な人材を採用して任せるというスタイルが特徴的ですね。

谷村: そうですね。平凡な人材から非凡な成果を引き出すのは実は得意ではありません。例えば、会社によっては平凡な人材から非凡な力を引き出す仕組みが整っている企業があり凄いと思いますが、エムスリーはそのような芸風ではありません。その代わり、これまでの経歴などのプロファイルが完璧ではなくても「この人は良い」というお宝人材を発掘するのは得意かもしれません。

岩谷: 社員がPDCAを回し続けるためのラーニングプログラムやサポート体制について、何か特別な取り組みをされていますか。

谷村: これも特別な育成プログラムはあまりありません。それよりも、なるべく経営者に近い環境を作る方がやっている本人も楽しいのかと考え、社員が自ら考え、行動できる環境を整える事を重視しています。

もう一つ大切にしているのは、できそうなことより少し高めの目標を設定することです。例えば、「このくらいの利益水準(例:年間10億円程度の営業利益)なら少なくとも年間30%以上は成長できるはず」といった形で、目標をやや高く設定することで、社員の成長も促しています。

事業の成長と個人の成長がシンクロしている状態が理想の状況だと思っています。社員が成長することで事業も成長し、事業が成長することで次のチャレンジが生まれます。このように、両輪が回る形が一番良いと考えています。

経営は伝承が難しいものです。例えば、歌舞伎や能のように代々受け継がれる芸術とは異なり、経営は時代や環境の変化に大きく影響されます。仮にDNAを半分共有している親子であっても得意なことは異なり、時代背景も変化していくので、経営のノウハウをそのまま引き継ぐことはできません。そのため、「自分で考えてやる」ことが重要です。私が良かったと思う方法が、他の人にとっても良いとは限りません。だからこそ、社員には自分で考え、自分のやり方で勝ちパターンを見つけてほしいと伝えています。

岩谷: エムスリーの社員の成長意欲や成長実感は非常に高いように感じます。

谷村: 成長実感は非常に重視しています。最近社員にアンケートを実施したところ、98%の社員が「成長実感がある」と回答しました。この結果は個人的には嬉しいものであり、私たちが目指している方向性が間違っていないのかなと感じています。

イノベーションの推進力:「課題解決から生まれる独自性と挑戦」

岩谷:続いてイノベーションについてお伺いします。M3は医療サービスのデジタル化において先駆的な役割を果たし、医療従事者による情報へのアクセス、研究の実施、効果的なコミュニケーションのためのプラットフォームを提供されていますが、どのようなお考えでイノベーションを推進されているのかについてお聞かせください。

谷村: イノベーションとは、課題を解決していく結果として生まれるものだと考えています。我々は「ユニークでありたい」という姿勢を大切にしています。他の人がすでにやっていることをわざわざやる必要はないのです。

ベンチャーと中小企業の違いを考えると、ベンチャーは新しいことに挑戦する存在であり、誰もがやっていることを中小規模で展開しているのが中小企業です。我々は常にベンチャーとして、新しいユニークな方法で医療課題を解決していきたいと考えています。

イノベーションの一つの指標として、営業利益率を設定しており、どの事業も最終的には30%以上の営業利益率を目指しています。なぜなら、ユニークで差別化された事業であれば、30%の利益率を達成できるはず、と考えているからです。逆に、30%の利益率が出ない事業はユニークではなくコモディティなので、そうであれば敢えて我々が取り組む必要はないのかと考えています。

菅原: 買収した事業でも、最初は利益率が低くても30%を目指すということでしょうか。

谷村: そうです。買収の際には、まず「こうやったら医療を改善できるはず」というアイデアが先にあります。そのアイデアを実現するために買収を行います。

また、我々は基本的に流行りものには手を出しません。流行りものはすでに「レッドオーシャン」になっていることが多く、魅力を感じません。

菅原: やりたいニーズがあって、それを探し出して解決するというアプローチですね。

谷村: そうです。周囲から「エムスリーがやるまで、なぜ誰もやらなかったのか」と言われることがよくあります。解決した結果として、そうした声をいただくことが多いです。必要であれば、ステークホルダーを取り込み、買収を通じて解決に取り組むこともあります。マッキンゼーではよく「Think Big」といわれますが、エムスリーでは「Don’t think big, Think Giant!Big では小さすぎる」という気概で課題に取り組んでいます。

また、我々の組織は非常にフラットです。なぜなら、管理しないと仕事をしない人がいる場合に管理職が必要になるからです。しかし、我々は管理が不要な自ら何が必要か考えて実行する人材を採用しているため、管理職がいらないのです。また、限られたポストがあると、社内政治が生まれ、足の引っ張り合いが起きることがあります。しかし、エムスリーでは「人の足を引っ張る暇があれば、新しいことに取り組んでほしい」という考え方を徹底しています。その結果、社内政治が不要な環境が生まれています。

岩谷: フラットな組織の中で、肩書きはどのように扱われていますか。

谷村: 肩書きは、ビジネスのためになるのであれば柔軟に設定して構いません。例えば、新入社員の2年目が「本部長」という肩書きを持つことも実際ありました。その方が営業がしやすいからです。

岩谷: それは、非凡な人材が倫理観を持っているからこそ成り立つ仕組みですね。

谷村: そうですね。全てが連動しており、組織全体がしっかりと機能しています。

岩谷: M&Aや新規事業の展開において、30%以上の利益率を目指す中で、不確実性を伴う判断が多いと思います。リスクについてどのようにお考えですか。

谷村: リスクを取らなすぎるのも問題ですし、取りすぎるのも問題です。リスクを取らなすぎる状態を「氷の世界」、取りすぎる状態を「火の世界」と例えるなら、その間にちょうど良い温度の道があり、そこを歩むことが重要だと思っています。

一方で多くの人はリスクを取らない方向に行きがちです。しかし、リスクを取らないと得られるものは限られます。適切なリスクを取る感覚を持つことが、企業経営・事業運営には重要だと考えています。

入社試験の面接では、リスク感覚を測るための質問を取り入れていました。例えば、「ここに1,000万円があります。ノーリスクで1,000万円をもらう権利と、50%の確率で当たるくじを引く権利があります。当たれば賞金がもらえますが、外れたらゼロです。賞金がいくら以上ならくじを引きますか。」という質問です。期待値で考えると、賞金が2,000万円以上であればくじを引くべきです。しかし、多くの人はリスクを避け、2,000万円以上でもくじを引かない傾向があります。我々にとっての正しい答えは「2,001万円」ですが、この感覚を持つ人は少ない気がします。

リスクを取ることは、短期的には損失を伴うこともあります。しかし、長期的に見れば、適切なリスクを取ることで得られる利益は大きいです。例えば、投資においても、元本保証の商品よりもリスクを取った方が、長期的にはリターンが大きくなる傾向があるのも同様で、企業にとどまらず生活者としても個人が適切なリスクリテラシーを持つのは重要なのかと思います。

長期的視点で描く未来:「競争優位を守り抜くエムスリーの戦略」

岩谷: 経営者として長期的なビジョンを描きつつ、短期的に様々な変化を捉えて活動されていると思います。どのように長期の方向性と短期の変化対応を両立されているのか、ぜひお聞かせください。

谷村: エムスリーは常に長期的な視点で事業を進めています。また、エムスリーの情報開示は、限定的な範囲に留めていますが、その理由は、情報をオープンにすることで、不要な競合が出てくるリスクがあるからです。投資家に詳細を説明して理解を得るプラスよりも、競合が増えることの方がマイナスだと考えています。そのため、IR (Investor Relations)では詳細を語りすぎないようにしており、投資家にもその背景を説明しています。そして、中長期的に見れば、この方針の方が良い結果をもたらすはずと話しご理解頂くように努めています。

岩谷: 株主の皆さんとの関係は、長期的なものが多いのでしょうか。

谷村: 有難いことに長期的なお付き合いをしている株主が大変多いです。国内外の様々な投資家からご意見を頂きますが、海外の投資家からのフィードバックで印象に残っているものがあります。彼らは「エムスリーには大きなポテンシャルがある」と評価してくれますが、一方で「なぜこんなに成長が遅いのか」と指摘したりします。例えば、「グーグルやフェイスブックを見てみろ。それに比べてエムスリーの成長はどうなんだ」と言われる訳です。これは、私が社員に「もっと成長できる」と言うのと同じように、株主が私に対して言ってくれるので、刺激になりとても有難いです。

不屈の回復力:「未来を見据え、今を動かす経営哲学」

岩谷: 谷村さんの行動の背景にある活力や前向きさは、昔から備わっていたものなのでしょうか。

谷村: 基本的に、今やっていることが好きだからだと思います。楽しくて好きなことをやっているので、それが原動力になっています。また、そうした活動にお付き合いいただいている方々がいることにも深く感謝しています。

岩谷: これまでを振り返って、大変だったご経験があれば、ぜひお聞かせいただけますか。

谷村: コロナ禍の時期は大変でした。普段は中長期的な視点で事業を進めていますが、この時は短期に全振りしました。医療の仕事をしている中で、あれだけ大きな課題が目の前にあったのに全力投球しないわけにはいかないと考えたからです。

例えば、ワクチン接種支援では、都市圏外の地域で接種を行う医師が不足している状況に対し、我々のネットワークを活用して医師を見つけ、約1,100万件の接種を実現しました。また医療現場へのマスク200万枚の配布なども行いました。このような取り組みの中には、収益にならないものも多かったですが、結果的には業績が大きく伸び、株価も急上昇しました。しかし、その後、コロナ期の需要が剥落する中で株価は下がり、株主からのチャレンジも色々ありました。

振り返ると、もう一度同じ状況に戻ったとしても、同じようにパンデミックの課題の解決に全振りすると思います。困っている人がいる以上、当たり前のことです。ただ、次回は「これは一時的な大きな需要」とIRで説明するなど、資本市場への対応をもう少し工夫するかもしれません。

この経験を通じて、短期的視点に振ると何が起きるのかを期せずして体験しました。その結果、やはり中長期的な視点で、両利きの経営で事業を進めることの重要性を再認識しました。

菅原: 困難な時期に、どのようにしてそれを乗り越えていますか。

谷村: 困難を乗り越えるためには、「自分や自社を主語にしない」ことを心がけています。自分のためにやっているとモチベーションが下がりやすいですが、「何万人もの人が将来がんで亡くならないようにするため」などと考えると、自然とやる気が湧いてきます。クレイトン・クリステンセン氏 1 が語る『How Will You Measure Your Life?』というTedでのスピーチ2も非常に印象的で、「神は会計士を必要としない」という言葉が特に印象深いです。人間は能力の限界があるため、会計で物事を集約し、資産や売上などの数字で測らないと理解できません。しかし、神は集約する必要が無く、毎日の行いを一つ一つ見る事ができ、それによってその人の一生を評価するという話です。

この考え方を持つと、日々の一つ一つの行いに集中でき、モチベーションが下がることが無いです。

自律と仕組みの融合:「主体性を引き出し、持続可能な組織を築く」

岩谷: 社員の士気を上げるために、どのような取り組みをされていますか。

谷村: 社員の士気を上げるためには、まず「場を作る」ことが重要だと考えています。一緒にゴールを設定し、「ここにこういう課題があるから、これを解決できるよね」と共有します。すると、「それをやりたい」と思う人が自然と出てくるので、その人たちに任せる形を取っています。

エムスリーでは、自分でやるべきことを見つけて行動する人が活躍します。最終面接の際、候補者から「どのような人がエムスリーに合いますか。」と質問されることがありますが、その際には「指示待ちの人には向いていない」と伝えています。指示が来ないと「暇だ」と感じてしまう人には、エムスリーの環境は合わないかもしれません。

ユニクロの柳井正さんも、似たようなスタイルを持っていると聞いた事があります。例えば、大きな問題が起きて柳井さんが呼ばれた際、「なんとかしてください」と伝えて終わることがあるそうです。つまり、具体的な指示を出すのではなく、「どうするかは自分で考えてください」というスタンスです。このようなスタイルは、エムスリーの文化にも通じるものがあります。

岩谷: 経営者を育てるには、実際に経験を積んでもらう必要があるとおっしゃっていましたが、企業としてサクセッションや長期ビジョンを担保するために、どのような取り組みをされていますか。

谷村: サクセッションを成功させるためには、人に依存するのではなく、仕組みを作ることが重要だと考えています。経営感覚を持った人が100人いれば、それだけでサクセッションは成り立つと思います。

サクセッションの難しさを考えると、徳川家康は本当にすごいと思います。次の世代への引き継ぎだけでも大変なのに、15代にわたってサクセションを継続し、平和な世の中を維持したのは驚異的です。

私自身が退いた後も、組織が持続的に成長し続ける仕組みを作ることが理想です。

岩谷:個人の力に頼るのではなく、仕組みを通じて組織全体で持続可能な成長を実現するということですね。本日は長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。