CEO Excellence Forum 2025

日本製鉄 橋本英二氏が語る
「現状維持が招く組織の劣化」を断ち切る経営哲学

講演

2000年代以降、新興国の急速な工業化により世界の鉄鋼生産量がわずか10年で倍増するというパラダイムシフトが起こりました。原料価格の高騰とグローバルな過剰能力という構造的うねりが、日本の鉄鋼メーカーを直撃したのです。

2019年、日本製鉄のトップに就任した橋本英二氏(現・代表取締役会長 兼 CEO)が直面したのは、「あと2、3年で会社が倒れかねない」という収益危機でした。しかし同氏は、危機の真因を外部環境の悪化には求めません。その根底にあったのは、構造変化の予兆を認識しながらも、個別リスクを恐れて挑戦を避けてきた、組織の「内向きの姿勢」に対する客観的な問い直しでした。

「成長するか、現状維持かという選択ではない。成長しかない」——この方針のもと、同社は国内生産体制の「全体最適」化で退路を断ち、収益を主体的に確保できる構造へ転換させ、さらに、次世代を育成するグローバル展開、長年染み付いたレガシー文化の解体を通じ、事業構造の転換と業績回復を実現しました。

本稿は、マッキンゼー主催「CEO Excellence Forum 2025」における橋本氏の基調講演を再構成したものです。地政学リスクという新たな条件下で、再び「総合力世界No.1」を射程に収める同氏の論理とは何か。不確実性を生き抜くすべてのリーダーへ、次代の競争優位を形作るトップの判断軸をお届けします。

(以下、橋本氏の講演より構成)

「会社が倒れるところまで来ていた」――外部環境の悪化よりも深刻だった「内なる逃避」の直視

2019年に私が社長になった時点で、日本製鉄は巨額の赤字を抱え、あと2、3年で会社が倒れるところまで来ていた。事業環境が悪化したことは事実である。2000年ごろから中国が本格的に鉄の世界に入り、その生産量は10倍に急拡大した。それに伴い、世界の鉄鋼産業そのものもわずか10年で規模が2倍になった。一つの産業が10年で倍増するなど過去に例がない。原料価格は高騰し、競争の前提は根底から覆った。

しかし、それを低迷の本当の原因にしてはならない。

工業化や都市化が進めば鉄鋼需要は急増するが、1人当たりの鋼材消費が700キロを超え、経済が成熟すれば需要はピークアウトする。米国も欧州も日本もそうだった。14億人の人口を持つ中国が成長すればどうなるかなど、構造変化の予兆は誰の目にも見えていたはずである。

読めていたはずの変化に対し、なぜ手を打てなかったのか。外部環境が悪化したから低迷したのではない。変化を読みながら、個別リスクを恐れるあまり必要な挑戦を避けてきたこと。そして内向きの縮小均衡に逃げ込んだこと。それこそが組織から活力を奪い、根本的な低迷を招いた現状維持への逃避だったのである。

「縮小均衡はまやかしである」――現状維持を捨て「成長しかない」組織へ

成長への挑戦を回避し、個別リスクを恐れ、挑戦を避けてきた結果、何が起きたか。最も深刻なダメージは人材力の劣化による課題解決力の喪失である。

企業には次から次へと新しい課題が出てくる。それを縮小均衡で何とかしようとした。私は縮小均衡というのはまやかしであると考えている。あたかも一度縮小すれば均衡するように錯覚する。しかし、実際には何回もやることになる。

なぜか。人材力が劣化し、新たな課題を解決する力がなくなるからだ。挑戦しなければ人は育たず、人が育たなければ次の未知の課題に対応できない。結果として、また事業の縮小を迫られる。個別リスクを恐れるあまり、挑戦しなかったことが本質的な低迷の原因だ。この危機意識を、私は社員に繰り返し伝えてきた。

過去20数年の日本企業のコストカットによる収益改善は、果たして本当の意味での「稼ぐ力」の向上だったのか。自らを省みても疑わざるを得ない。省エネや工程短縮のようなイノベーティブなコストダウンは立派だが、実態はデフレによる調達価格の下落、賃上げを伴わない労働力の確保、法人税の低下といった事業継続コストの自然低下に甘えていただけの面がある。

その環境は、現在は完全に逆回転している。

企業が持続的に配当の原資を稼ぎ、社会的責任を果たし続けるためには、いかなる事業環境下であっても現状維持という選択肢はない。成長するか、現状維持かという選択ではない。成長しかない。挑戦を避けることこそが、組織の長期的な競争力を削る最大のリスクなのである。

「部分最適を許さない」――事業を全体最適に組み替え、自らの意志で収益を左右できる構造改革

「成長ありき」の会社へと変えるため、まず国内の製鉄事業を徹底的に立て直す必要があった。

これまで当社は、鉄鉱石や原料炭を買ってきて鉄を作るという、スチールビジネスの真ん中に特化してきた。しかし鉄鋼事業の付加価値創出機会は、上流の原料事業から下流の二次加工・流通まで広く存在している。真ん中だけを担う事業構造では、幾多の不確定要因に耐えられない。上下を一貫させ、横に幅も広げ、事業の厚みを増す必要があった。

同時に、歴史の長い当社には多くの製鉄所やグループ会社が存在し、それぞれの「部分最適」を許してきた面があった。経営危機を脱するには、このサイロ化を解体しなければならない。今後は部分最適を許さず、事業構造を全体最適に変える決断を下した。

生産設備構造の合理化は、単に設備を止めれば済む話ではない。4ラインで作っていたものを3ラインに集約すれば、残る設備の大改造が必要になる。お客様にとっても、生産場所が変われば品質認証の取り直しが発生する。効果が出るのは数年後だ。

しかし、猶予はなかった。国内に15本あった高炉(主要設備)のうち4本を休止、余剰能力を削減した。そして退路を断って、主要顧客に対し、長年の慣習を破って価値に見合う価格体系への見直しを進めた。

自社の付加価値を再定義し、価格も収益も外部環境に従属する会社から、企業として「自らの意志で収益を左右できる会社」へと生まれ変わるために不可欠な構造改革であった。

「新たな設備をつくる経験がなければ、技術は育たない」――次世代の人的資本を再生産する“実践の場”としてのグローバル戦略

国内の収益基盤立て直しと並行し、海外展開を急加速させている。インドでの展開や北米・欧州における事業基盤の確保など、海外の成長市場に深く入り込む戦略である。

日本国内の需要が伸びない以上、成長機会を海外に求めるのは経営の定石だ。しかし、当社のグローバル展開の真の目的は、単なる事業規模の拡大にはない。次世代を担う若手技術者に「成長の機会」を与えることである。

鉄鋼業における技術力とは、抽象的な知識ではない。設備でモノを具現化する力である。生産量を増やし、新しい設備を立ち上げる経験がなければ、若手技術者は育たない。

1970年代に日本が圧倒的な技術力を持ち、旧新日本製鐵が世界一の生産量を誇ったのは、世界で一番たくさん作り、製鉄所を次々と立ち上げてきたからである。いま中国が猛烈な勢いで追い上げているのも同じ構造だ。既存設備を保守・運用するだけでは、世界を牽引する技術は先細りする。ゼロから巨大な設備を立ち上げ、生産を拡大し、現場で直面する未知の課題を解く。その実践の場が必要なのだ。

「自国産業の再興を競う時代」――地政学リスクを所与の条件とし、進出先の社会に資する「合作」を描く

昨今のグローバル展開においては、単なる経済合理性や従来の企業戦略を超えた、極めて高度な論点に向き合うことになった。進出国で大規模な生産基盤を新たに構築する際、事業面での課題解決にとどまらず、現地の雇用、環境、そして地域経済の持続性といった社会的な要請にも深く関与する必要があった。

この経験から得た最大の教訓は、国家の産業政策や経済安全保障という枠組みを「事業推進の大前提」として受け入れるべき時代になっているという現実である。かつてのように、自由貿易の原則のもとで民間企業が資本と技術の論理だけで動く時代は過去のものとなった。地政学リスク対応や脱炭素化といった世界の共通課題は、もはや民間企業だけで完結するものではない。官民一体でのみ解決可能である。

いまは多くの国々が、自国産業の再興や産業インフラの強靭化に向けた政策を競う時代である。それらを所与の条件として、いかに新たな成長モデルを描くか。その鍵となるのが、進出先の国益や地域社会の繁栄にいかに直接的に資するかという「合作」の思想である。我々が持つ高度な技術力や資本が現地の産業の再活性化に不可欠であると、地域社会をはじめとする幅広いステークホルダーに誠実に対話を重ねる。国境を越えた枠組みの中で、いかに相互に恩恵をもたらす持続可能な事業設計を描けるかが、次代のグローバル展開の成否を分けるのである。

「非常識な仕事を、常識的な仕事に改める」――仕事の本質化による企業文化の改革と実行力の強化

収益の立て直しは、トップダウンで一定程度進められる。しかし、企業文化の改革は一人ひとりの意識改革であり、一朝一夕にはいかない。

旧新日本製鐵は、かつて本当に世界一だった。しかし、それは主に国内での話であり、本当に世界一かどうかをグローバルな激しい競争環境で試し続けたわけではない。それでも「世界一だ」と教え込まれると、組織は次第に唯我独尊になっていく。

よく言えば完璧主義だが、悪く言えば、社会一般の感覚からずれた非常識な仕事の仕方になっていた。独自のプロセスや複雑な交渉スタイルは、かつては強みだったかもしれない。しかし現在では、外部から優秀な人材を招いても「よく分からない」と弾いてしまう障壁となっている。

だからこそいま、最優先で進めているのが「仕事の常識化」「標準化」「本質化」である。

若い人が20年、30年と経験を積まなくても十分に能力を発揮できるように環境を整える。外部人材や女性も、ことさらにダイバーシティを掲げなくても自然に活躍できるインフラが整う。昨今デジタル推進やAI活用などが掲げられがちではあるが、非常識な仕事を常識的な仕事に改めることが改革の本質ではないかと思う。

以前の組織には、「計画一流、実行三流、言い訳超一流」というところがあった。前提を置いて3年計画を作っても、2年目には前提が変わる。「前提が変わったから作り直しだ」と言い訳をし、一度も計画を達成しないまま次の計画に入る。

実践がなければ、経営戦略が妥当かどうかも検証できないし、人材も育たない。企業文化の改革とは、理念を唱えることではない。日々の仕事の常識化を通じ、実行力のある組織へと鍛え直すことである。

「乱世であるので、可能ではないことはない」――不確実性を逆転の可能性と捉え、「総合力で世界一」を奪還するトップの覚悟

私は実行を伴わない3年計画をやめ、長期のビジョンと「毎年の勝負」へと切り替えた。

これは、私が入社して最初に担当したトヨタ自動車から学んだことである。トヨタ自動車は40年以上前から世界シェア10%を目指す「グローバル10」を目指していたが、そこに至る細かな3年や5年のロードマップがあったわけではない。毎年毎年、発射台を少しでも上げて目標に近づいていく。あとはそれぞれの部門が実行するだけだ。つまり、ストーリー性あるわかりやすい長期ビジョンと毎年の勝負が大切なのである。

当社の長期ビジョンは、グローバル粗鋼生産能力1億トン体制を築き、再び「世界No.1の鉄鋼メーカー」への復権を目指すことである。単なる規模だけで争っても仕方がない。規模、収益力、収益額、そして何より技術力である。技術力で圧倒的な優位を守り抜き、総合力で世界No.1に復権する。

一度トップから滑り落ちた企業が、再びトップに返り咲くことは産業の歴史から見ても極めて稀である。先輩たちからも「それは無理だ」と言われてきた。平時であれば、確かに難しいかもしれない。しかし、世界の産業構造が大きく揺らぐ現在の「乱世」にこそ、ゲームチェンジの最大の勝機がある。乱世である以上、可能ではないことはない。

成長するか、現状維持かという選択ではない。成長しかない。成長しなければ、配当の原資も、人材を育てる機会も、技術を磨く場も生まれない。縮小均衡に戻れば、人材も技術も劣化する。

退路を断ち、成長ありきの会社へ変える。そのためには、先進国での合作やグローバル・サウスでの先行展開と並行して、日本国内の事業をもう一度しっかりさせることが不可欠である。日本から模範を示し続けることによって、世界から選ばれる企業であり続けることができるのである。

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