多角化企業のCEOにとって、問われるのは事業をいくつ持つかではありません。何を変え、何を変えずに守るのか。どこに資本を張り、ポートフォリオをどう動かすのか。そして、その判断を経営チームとしてどう実行するのか。総合商社の複雑な事業ポートフォリオを率いる三井物産の堀健一氏の講演を貫くのが、「変化が常態」という考え方と、「結果にこだわる経営チーム」です。
若き日の米国事業会社での原体験から、20年をかけた大型案件、部門横断のリスクとリターンの分担、ポートフォリオの入れ替え、人材継承、そして「突然変異的なスター」を主役にする組織づくりまで。堀氏の講演を通じて、変化し続けるポートフォリオを動かすCEOと経営チームの役割をたどります。
(以下、堀氏の講演より構成)
「変化が常態」――守るのは事業の形ではなく、ポートフォリオを動かす基本機能である
総合商社の事業ポートフォリオは、複雑で分かりにくいと見られやすい。コングロマリットとして分かりにくいと警戒され、総合商社への投資を避ける資本市場の参加者もいたのが、長年課題であった。当社は2014年ごろから、目指すポートフォリオの姿と中期的な資本配分を、より分かりやすく説明してきた。そのころ初めて自社株買いも行い、市場から一定の賛同を得た。
2020年にバークシャー・ハサウェイが当社株の持ち分を増やし始めた後も、説明の軸は変えていない。市場やお客様への最良のアクセスと商社としての基本機能、そして時間とともに形が変わるポートフォリオについて話すと、先方からは「それは初めから分かっている。自分たち自身がコングロマリットだから、まったくそのとおりだ」と返された。数字だけでなく、グローバル事業の攻め筋を実務的に話せる、これまでにないIR対話であった。
当社の基軸としてぶれないのは、トレーディング、マーケティング、金融、ロジスティクス、サプライチェーンの構築、統合的なリスク管理といった基本機能である。市場への理解を深め、有望な機会を見つけ、資産やビジネスを獲得する。身の丈を踏まえて経営し、その周辺にも仕事を広げ、有機的に動くクラスター、事業群へ育てていく。これがポートフォリオ経営の出発点である。
その結果として生まれるポートフォリオは、ユニークな広がりと多様性を持つ。ただし、完成形を固定する発想ではない。その形は時間とともに絶えず変わる。つまり、変化が常態である。長期目線の投資家との対話が深まるほど、基本に忠実でありながら、足元では現実的に取り組む姿勢も強くなる。
だからこそ、経営チームが常に気にしているのは、当社のポートフォリオを株式銘柄の組み合わせで人工的に再現できてしまわないかという点である。再現できるなら、個別銘柄としての存在意義は薄くなる。当社にしかない運営の個性を継続的に示せるかという、根本的な経営課題である。
その個性を生むのは、ぶれない基本機能への忠実さと、ダイナミックにポートフォリオの入れ替えを断行することの組み合わせである。経営チームでは、この考えを呪文のように繰り返している。固定した事業構成を守るのではなく、基本機能を軸に事業の組み合わせを絶えず変える。そのポートフォリオ経営自体が、個性とユニークさを作る。
ポートフォリオの姿は、連続的な入れ替えの結果がある時点の断面として表れたものである。現在も、様々な調整をリアルタイムで行っている。
「最も適した人が動く」――経営チームは、案件ごとに主役を替えながら全社の相場観を作る
私の経営観の原点は、30歳手前で米国の事業会社に出向した経験にある。モンサントがノンコアとして売却した事業を、私たち買い手側は成長余地のある事業と見て買収した。M&Aチームにいた私は、そのまま現地へ出向した。上司も周囲も部下も現地の人材で、親会社の三井物産とはまったく異なる他流試合であった。
その会社では、社長と6人ほどで、様々なことを早く決め、とにかく前へ進めた。人の入れ替わりもあったが、数年をかけて連携が取れ、互いにリスペクトのあるコアチームになっていった。この直接体験が、「結果にこだわる経営チーム」とは何かを考え続ける原点になった。
印象的だったのは、CEOの一声で、最も適した人が動くことである。買収交渉ではCFOが責任者になることもあれば、法務、経営企画、事業の担当者が担うこともある。主役もいれば、名アシスト役もいる。案件に応じて役割を組み替え、結果へ近づくチームであった。
現在の当社でも、重要案件では経営会議メンバーの一人が、ビジネスの絵コンテを描くようにシナリオを組み立てる。自ら手を動かし、率先してトップ交渉に当たることもある。親会社と事業会社で規模やポートフォリオが違っても、経営チームの構成員に求められる本質的な力量は変わらないと感じている。
経営チームの仕事は、個別案件を前へ進めることだけではない。会社の中に相場観を作ることも重要である。これくらいの内容でなければ会社の案件として取り上げられないという基準は、個々の事業トップだけでは作りにくい。経営チームのメンバーが縦横無尽に動き、全社目線を徹底することで、当社が厳選する案件に求める競争力、インパクト、完成度について共通の相場観を醸成していく。
もう一つ重要なのが、経営インテリジェンスをリアルタイムで共有することである。各メンバーは、世界中の担当領域で自ら体感して得たビジネスインテリジェンスを、鮮度の高い状態でチームへ共有する。互いの洞察を共有し、分野を横断して説明責任を負うクロス・アカウンタビリティを徹底する。CEOには構造上インテリジェンスが集まりやすいため、私自身がチームへ発信することも重要である。
各メンバーがビジネスインテリジェンスを取りに行く軌道、オービットを持ち、互いの軌道を意識する。その情報を鮮度高く、しかも文脈を付して共有する。これが暗黙の約束としてできるようになると、経営チームは強くなり、総合商社経営のコアエンジンになる。
「条件がそろえば一気に進む」――大型案件のスピードは、意思決定の瞬間ではなく20年の準備から生まれる
その例が、オーストラリアのローズ・リッジ鉄鉱石事業である。埋蔵量が多く、品質が良く、隣接する既存インフラを活用できる競争力の高い資産で、取引規模は約8,000億円である。当社は約20年にわたり取得を目指して関係を築き、対話を続け、ようやく惑星が直列するように合意形成が進んだ。
重要なのは、この案件が社内でどう位置づけられていたかである。一定層以上のエグゼクティブが、管掌部門を越えて資産の存在と潜在性を長年理解し、機会と経済性がそろえば踏み込む案件として認識していた。会社全体に、規模が大きく、条件がそろえば一気に進む案件がいつでも出てくるという意識があったからこそ、条件が整った時に動けた。
一つの部門が大きな資金を使えば、ほかの部門には資源配分への懸念が生じる。そこでトップだけでなく経営チーム全体が、地域軸、事業軸、時間軸を踏まえて会社全体の経営資源配分を説明した。利益貢献が始まるのは何年か先であることまで含め、社内が大人の発想で理解できるよう働きかけた。
公表後は、社内へ複数のルートで丁寧に説明し、理解と支援は意外なほど早く広がった。別部門の社員からも「なるほど、20年も折衝を続けた案件らしい」「自分たちもこの案件を粘ろう」という声が出た。大型案件は突然生まれるのではない。長期の関係づくり、経営の共通認識、社内の文脈が積み重なった末に、突然動ける状態になる。
案件のタイプに応じた段取りや、ちょっとしたイノベーションによって、機会はいくらでもある。その発想が多くの社員に伝われば、会社にとって価値が生まれる。
「リスクとリターンの分担を経営が公平に決める」――部門を越えて動くための条件は、経営が作る
低炭素アンモニアの案件は、単一部門では組み立てられない。既存の肥料需要に、低炭素化、船舶燃料などの新規需要、各国の支援制度、プロジェクト全体のコスト競争力が重なる。米国のシェールガスを原料にアンモニアを製造し、製造過程で排出される二酸化炭素を地下に閉じ込めるCCS(二酸化炭素回収・貯留)と組み合わせる構想で、CFインダストリーズ・JERAとの合弁事業として最終投資決定に至った。
採算を確保するには、化学品、エネルギー、インフラの各部門が連携し、原料なども含めて分析する必要がある。各部門が垣根を完全に下ろさなければできない。私が入社した当時は、各部門がサイロ化し、互いに情報を隠していた時代だっただけに、隔世の感がある。
ただし、部門横断は精神論では進まない。部門間の連携を起こすときは、リスクとリターンの分担を経営が公平に決めるから、安心して進めてほしいと伝えている。アンモニア案件では、3部門合同の説明を受けた後、私自身がCFインダストリーズの取締役会へ出向き、石炭火力発電にアンモニアを混ぜる意義を社外取締役に説明した。部門の垣根を取り除くという点でも、良い案件だったと考えている。
この即応力を支えるのが、16の事業本部長と海外地域のエグゼクティブが全員CEOへ直接レポートする体制である。CEOの仕事は増える一方、お客様から複数の産業にまたがるソリューションを求められれば、関係する本部長をすぐ集められる。アメリカンフットボールの小さな作戦会議であるハドルのように、短い打ち合わせで連携体制を作る。
ただし、このやり方にも限界があり、アクションプランの修正が絶えず必要である。最も大きな課題は、会社全体で諸案件の優先順位を確立する仕組みを持つことである。その仕組みに命を吹き込むのが、経営チームであると考えている。
「責任ある形で組み替えを行いながら、同時に会社の成長を促す」――ポートフォリオ経営は、何を誰に託し、次に何を育てるかで決まる
ポートフォリオの組み替えは、当社の歴史そのものである。ただし、対象事業にはお客様をはじめとするステークホルダーがいて、貴重な人材が表裏一体となり、少し感傷的に言えば社員の気風のようなものも宿っている。責任ある形で組み替えながら、同時に会社の成長を促す。その両立が経営の命題である。
2024年、当社は20年以上にわたり骨太な収益貢献をしてきたインドネシアの石炭火力発電事業の持ち分を売却した。二酸化炭素排出の課題がある一方、現地の生活と産業に不可欠な基幹電源である。電力産業に知見を持つ買い手へ責任ある引き継ぎができ、適正な売却価値を確保できることが前提であった。同じ東南アジアで、環境負荷が相対的に小さいガス発電事業の利益が同程度まで育ち、追加資金需要も見えたことが、売却判断を後押しした。
こうした入れ替えには、現場が新規資産を絶えず育てる気風と、既存事業に対する責任ある冷静な視点の両方が必要である。さらに、既存資産の将来の脅威を見極め、その分野で先行投資する。試行錯誤しながらこの行動様式を育むことが、連続的なポートフォリオ入れ替えの鍵である。
将来の事業の柱にしたいと考えているのが、アジア最大の民間病院グループIHHを中心とするウェルネス・ヘルスケアのエコシステムである。ベスト・マネジメント・プラクティスを共有し、共通インフラを整備することで、ベッド数の伸び率を上回る価値実現を進めており、現在ベッド数は1万6,600床に達している。そこから、リアルワールドデータと呼ばれるヘルスケアデータが日々蓄積する。
データの品質をそろえて高度化し、デジタルツールを導入すれば、病院をプラットフォームとして、創薬のための臨床やヘルスケアの検査を高度化し、創薬産業や、未病・予防を含む隣接産業と共同で仕事ができないかと考えている。希少なアジアのデータが蓄積することで、欧米のヘルスケアの最先端企業との戦略対話も進んでいる。鉄鉱石は掘るほど埋蔵量が減るが、データは毎日増える。データも資源に見えるが、「増える資源」である。商社的な捉え方だが、言い得て妙だと考えている。
この病院プラットフォームを旗印に、化学品部門のバイオ医薬に加え、医療機器、創薬支援、ニュートリションなど、もともとバラバラだった仕事が再結集した。一つの病院プラットフォームを中心に、当社なりの小さなエコシステムを構築できた例である。
さらに、QVCやエームサービスは、海外のビジネスモデルを時間をかけて日本へ持ち込み、現地の課題に合わせて育てた例である。地域間でビジネスモデルを移植した社内事例に触れるほど、社員は次の仕事を具体的に想像しやすくなる。経営チームは、そうした材料を使って社員を鼓舞し、仕事の進め方を伝えている。「ナラティブ(物語)」を共有することがいかに大事かを、日々痛感している。
「人の継承がすべて」――CEOの重責は、実体験のタスキを次代へ渡し続けること
当社は旧三井物産1の時代から、海外修業生制度にこだわってきた。日本から海外へ送るだけでなく、海外から日本へ、海外から別の海外へという派遣も加わっている。例えば、ポルトガルで語学を学び、現地で実務に携わった後、ブラジルやモザンビークで仕事をする。そうして新天地と出会い、実体験を積む人材育成を重視している。このような育て方ならAIに負けないのではないか。むしろ、実体験があればAIと共生する自信がつくのではないかと社内で話している。
ハーバード・ビジネス・スクールと共同で作った特別マネジメント研修では、本社や海外採用の中堅社員、グループ会社のリーダーに加え、お客様、国内外のパートナー、その幹部候補も参加し、私も最終講のようなものを担当している。多様な参加者が場を盛り上げ、後に思わぬネットワークへつながることもある。
こうしたプログラムには相当な費用がかかり、景気循環によって削減圧力を受けた歴史もある。それでも絶対にやめない。そのためにも、みんなで稼ごうという決意を社内で脈々と持つことが大事である。
人の継承こそがすべてであり、次代へとタスキをつなぐ駅伝のようなイメージである。CEOとして、全社での人の継承は重責だと考えている。
「目の前の現実の課題を通じて全社目線の場を作る」――CEOは、足元の成果と将来の課題を自らのアスピレーションとして担うマネジャーが会社中に育つ企業風土を作る
当社には、社員の個性を重んじ、一つのことを極めることも良しとする風潮がある。まず鬼になり、後から金棒を加えるという発想である。突然変異的なスターも大歓迎である。大きな成長には、そうした突出した個の存在が不可欠であることを、歴史が証明している。
そうした人が現れたら、皆が「実はそれを望んでいた」と大人の祝意、ブレッシングを与え、「頑張れ」「主役になれ」と背中を押す。そうした、カラッとした組織づくりが大事である。
こうした志を持って新しい仕事を立ち上げた例が、鉄鉱石部門から陸上養殖へ転じた若いマネジャーである。将来のタンパク質不足を見据え、寄生虫が付きにくく、生食でき、環境を汚しにくく、エネルギー効率も高い陸上サーモン養殖を企画した。商品は店頭に並ぶ一方、規模を拡大できるかはなお実験中である。本人は事業会社の社長となり、世界の競争相手と互いを意識しながら、黎明期の産業を育てている。
転換の過程では、経営チームの様々なメンバーが縦横無尽に動き、背中を押した。事業運営は本人に任せながら、調達が難しいサーモンの卵や飼料は商社機能で支えている。こうした志の高いマネジャーが一人でも多く増えるよう、経営チームで取り組んでいきたい。
総合商社の仕事をしていると、健康、食、エネルギー、環境、情報とその展開、そして人材など、将来必ず希少性が課題となる事象を強く認識する。その複雑な希少性を、高度な専門性と志を持ってどうマネージするか。それが、当社のような会社の存在意義そのものに関わる。
そのためには、短期的な利益と成果を確立して足腰を強くしながら、将来のための具体策を実行し、世界のゲームに絶対に遅れず、ゲームの真っただ中にプレーヤーとして入っているというプレゼンスが必要である。同じ発想を持ち、実行に移せるマネジャーが会社中に育つ企業風土を作ることこそ、CEOに求められる仕事ではないかと最近考えている。そうしたマネジャーが、自分自身の志、アスピレーションとして、足元の成果と将来の課題という両輪に取り組む会社を作るべきである。
マネジャーの志の高さは、CEOが会社の存在目的について発するメッセージが、本当に響いているかどうかにかかっている。それが響いているかをCEO自身が感じ取ることが鍵だが、このループは一人では十分に確立できない。
強い経営チームが不可欠である。自ら牽引する経営チームと一体となり、目の前の現実の課題を通じて全社目線の場を作る。現場のマネジャー層が高い視座を育むような大人の対話を絶えず広げる。これがCEOの最大のミッションだと考えている。