AIとGPUによる、小売インテリジェンスの再定義
数十年にわたり、東芝テックのPOS端末は、世界の商取引の最前線で稼働し、カード決済やバーコード読み取りなどの取引処理のたびに、何十億ものデータポイントを蓄積してきた。しかし、その膨大なデータには、十分に活用されてこなかった価値が埋もれていた。
2024年、東芝テックは自社を再定義する、極めて重要な機会を見いだした。それは単なるハードウェアメーカーにとどまらず、次世代の小売を支えるインテリジェンスエンジンへと進化することであった。同社のシステムは、日々、数百万件の取引を処理し、膨大なデータセットを生み出してきたが、その分析は長らくCPUベースの手法に依存していた。こうした従来型の分析は、処理が遅く、画一的かつ後追い型であるため、リアルタイムのインサイトを引き出すには限界があった。
小売業者は、これまでもプロモーションや販売動向を事後的に分析していたが、リアルタイムのパーソナライゼーションや、即時の利益最適化は実現できていなかった。
このような課題に対応するため、東芝テックは、ハードウェアの枠を超えた変革を推進すべく、社内の事業創出組織内に新たなソフトウェアエンジニアリング会社「ジャイナミクス (Gyainamics)」を設立した。さらに、マッキンゼーとそのAI部門であるQuantumBlack、およびNVIDIAとの協業を通じて、東芝テックとジャイナミクスはこのデータ課題を市場の構図を変える機会へと転換し、消費者データおよび分析アプリケーションにアクセラレーテッド・コンピューティングを導入した。ジャイナミクスは、ソフトウェア事業の立ち上げとスケールを担う組織として、2030年までに新たな収益モデルを構築するという東芝テックの戦略をサポートしている。この取り組みの一環として、マッキンゼーは東芝テックとの協働でチーム体制を強化し、中核となるケイパビリティの構築を支援した。具体的には、Transformers4RecやNVIDIA Merlin / NVTabularといった高度なライブラリを使用したDockerコンテナの実行環境を整備した。
NVIDIAのAIインフラを統合したことで、GPUは次世代のAI主導型消費者・小売データインテリジェンスを支える重要な基盤として再定義された。これにより、プロモーション検証の高頻度化、全商品カタログを対象としたレコメンデーションの高度化、さらには会計時におけるオファーのリアルタイム調整といったユースケースが可能になっている。
CPUのボトルネックから、GPUのブレークスルーへ
東芝テックとジャイナミクスが直面していた課題を突破する技術的なブレークスルー(転換点)となったのが、 NVIDIA Merlinフレームワークの導入である。これは、NVTabularによる特徴量エンジニアリングとTransformers4Recによるレコメンドモデルを統合したものである。
NVTabularにより、従来CPUに依存していた特徴量エンジニアリングが、NVIDIA AmpereアーキテクチャベースのGPUを活用したNVIDIA AIインフラ上で実行されるようになり、数百万件の取引データの前処理が数分で完了できるようになった。正規化やエンコードに数時間を要していた小売データは、ほぼリアルタイムで処理・タグ付けが可能となった。このように生成されたデータセットは、トランスフォーマーベースのモデルに直接投入され、顧客の嗜好を高精度に予測している。
Transformers4Recは、GPTに代表される大規模言語モデル (LLM)と同様のアーキテクチャを活用しており、顧客がどの商品を、どの順序で、どの程度の頻度で、どのような買い物の流れで購入したかといった「時系列の行動」を学習することで、次に購入する可能性の高い商品を予測する。さらに、顧客ごとの価格感度や、各小売業者の利益構造を踏まえ、クーポンオファーを動的に最適化する。
「多くの企業が直面している課題は、AIを構築することではなく、それを継続的に運用し、スケールさせていくことだ」
ジャイナミクス代表取締役社長
古山 浩之氏
協調フィルタリングなどの従来手法と比べ、GPU対応のトランスフォーマーモデルは、小売業者のロングテール商品を含むSKUに対するカバレッジを大幅に拡大し (約8%からほぼ100%へ)、パーソナライゼーション指標を7倍に向上させた。また、大規模データセットにおける学習時間が80%以上短縮し、10万人規模の顧客に対する推論も、従来は数時間を要していたものが1分未満で完了するようになった。
「多くの企業が直面している課題は、AIを構築することではなく、それを継続的に運用し、スケールさせていくことだ」と、ジャイナミクス代表取締役社長の古山 浩之氏は語る。「マッキンゼーとのパートナーシップモデルは、まさにこのギャップを埋めるものである。顧客はGPUアクセラレータやトランスフォーマーベースのレコメンデーションシステムといった最先端技術にアクセスできるだけでなく、それらを本番環境で、安全かつ継続的に最適化された状態で活用できるようになる」
NVTabularをNVIDIA cuDFおよびDaskと統合することで、既存のデータサイエンスのワークフローを維持したまま、処理速度を飛躍的に向上させた。商品IDや店舗コードなどのカテゴリ特徴量に対するメタデータ付与も自動化され、このような効率化がモデル学習の過程で相乗的な効果を生み、イテレーションと実験のサイクル短縮につながった。
新たな成長機会の創出
この変革は、東芝テックにとって新たな章の幕開けとなることを意味している。
「NVIDIA Ampere世代のGPUを活用して小売データ分析を高速化することが、まさに大きな転換点となる」と、マッキンゼーのパートナー・工藤 卓哉が述べる。「東芝テックが長年培ってきた小売データの基盤、NVIDIAのAIインフラとソフトウェア、そしてマッキンゼーの応用AIモデリングを組み合わせることで、トランスフォーマーのような先進的なアーキテクチャが、業界全体にもたらす変革の可能性を実証している」
実際、トランスフォーマーベースのパーソナライゼーションは、精度と関連性の両面で、ルールベースのプロモーションを上回る成果を達成している。検証環境でのパイロットでは、対象セグメント当たりの売上および利益が平均で5%向上した。従来のクーポン施策による追加利益が1%未満にとどまっていた過去の実績と比較して、大きな改善となった。
「東芝テックが長年培ってきた小売データの基盤、NVIDIAのAIインフラとソフトウェア、そしてマッキンゼーの応用AIモデリングを組み合わせることで、トランスフォーマーのような先進的なアーキテクチャが、業界全体にもたらす変革の可能性を実証している」
マッキンゼー、パートナー
工藤 卓哉
AI搭載のプラットフォームにより、小売業者はリアルタイムでプロモーションを最適化できるようになった。その結果、従来の手作業でのセグメンテーションキャンペーンと比較して、取引単価が5%、SKUカバレッジが99.9%、長期的な顧客価値も最大7%向上した。

POS端末は今やインサイトの源泉となり、すべての購買情報を、高度な意思決定を導くデータへと転換している。「このインパクトは、まさに変革をもたらすものとなる」と、東芝テックの代表取締役社長・錦織 弘信氏は語る。「小売業者は、ROIをリアルタイムに把握しながらプロモーションを展開できるようになる。一方で、消費財メーカーは、自社の販売促進費がどのような成果をあげているのかを、より高い透明性をもって把握できるようになる。これは、効果を十分に可視化しないまま、販促予算を投じる時代の終わりを意味する」
NVIDIAのAIインフラと、マッキンゼーの業界知見および応用AIの専門性を組み合わせ、東芝テックとジャイナミクスは、消費者の購買スピードに匹敵する速さで学習するシステムを構築した。
このような取り組みを通じて、同社は自社のビジネスモデルを拡張しただけではなく、購買行動と同じスピードでインテリジェンスが意思決定を導く、小売データ分析における新たなフロンティアを切り拓いてきた。
「最終的には、小売業者、メーカー、そして顧客のすべてに価値をもたらすシステムを創り上げている」、と錦織氏は言う。
チームについて

工藤 卓哉
Takuya Kudo
パートナー関西オフィス
