2030年に向けた日本のデジタル改革

| 概説

日本は2020年の時点で世界第3位の経済大国であり、その礎となっているのは優れた教育制度、工業や自動車製造といった産業分野の推進力、質の高いインフラ、さらに強固な職業倫理に裏打ちされた勤労文化、継続的に高品質な製品やサービスを作り出すメソドロジーといった強みである。

しかし日本経済の生産性は低下へ向かっており、世界的競争力を保つにはこれを直ちに反転させなければならない。ますます多くの競合国が、技術者の育成に加え、クラウド活用型のインフラやソフトウエア、モバイル端末とアプリ、機械学習とディープラーニングその他を通じて生産性の大幅向上を実現している。

日本はデジタル面の競争力が比較的低く、意外なことに日本経済の強さとは対照的である。2020年時点ではデジタルの競争力が世界27位、デジタル人材の充実度が同22位となっており、電子商取引、モバイルバンキング、デジタル行政サービスといった分野の普及率は一桁台に留まっている(図表1)。世界に500社以上存在するユニコーン企業 (設立10年以内で企業価値10億ドル以上の企業) のうち、日本企業はわずか5社に過ぎず、日本の総体的な国力からするとあまりに少ない。

図表 1
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デジタル化の道の行く手にはこの国が自ら作り出した制約が複数立ちはだかっている。リスクを避けようとする先例重視の文化、短期的な生産性改善よりも長期的な継続を重視する経営陣、一部業界における国際競争の欠如、政府の支援待ちでデジタル化を進めない民間企業と、民間企業の施策推進を待ち続ける政府との間に生まれる行き詰まり状態、そして何より、国家政策を推進するソフトウエアアプリケーションの開発に不可欠なソフトウエア関連エンジニアの圧倒的不足といった課題である。

デジタルな未来をもたらす技術は今やクラウド環境でほんの数回クリックするだけで導入でき、世界中から人材を集めたり、各種オンライン講習や公開コードを活用して人材を育成したりすることはかつてなく容易になった。日本は今後10年の間に断固たる決意で遠大なデジタル化への道を歩まなければならない。そうした改革に踏み切らなければ、現状のGDP成長や生産性改善のスピードが維持されることになり、2030年を過ぎる頃にはインドやドイツのような国の後塵を拝すことになるだろう。競争力の低下を受けて日本の強みは失われ、国力に見合わない残念な結末を迎えることになりかねない。 

漸進主義ではデジタル面の競争力の差を埋めることはできないのだから、日本は何らかの革新的方策を取り入れる必要がある。それこそが我々が呼ぶところの「大規模改革」であり、主要産業やその関係者が手を携えて業務を再編し、新たなトレンドに投資し、バリューチェーン全体にデジタル技術を組み込むといった取り組みに他ならない(図表2)。こうした大規模改革の拠り所となるのが、以下に記す4つのテーマである。

  • デジタル人材:  デジタル人材の採用枠を現状の3倍以上に増やす計画を大がかりに立て、ソフトウエア開発技術者、データエンジニア、データサイエンティスト、機械学習エンジニア、プロダクトマネジャー、アジャイルコーチ、デザイナー、その他新職種の拡充に注力する。一方でハードウエア人材は既に強みなので、育成を続けるだけでよい。この計画を実行に移すには、ソフトウエアに関する専門知識の価値をこれまで日本のお家芸だったハードウエアやソフトウエア以外の工学技術の専門知識の価値と同等とみなす発想転換が必要になる。大規模改革を達成するには、他にも労働者の再教育によるスキル向上や教育現場のデジタル化が欠かせない。
  • 産業の改革: 日本のGDPの50%近くに寄与している4大産業、すなわち工業および自動車製造、卸売りおよび小売、医療および健康関連、金融サービスにおいて一足飛びの改革を実現する。これら産業はいずれも、デジタルマニュファクチャリングを駆使する最先端工場の数や電子商取引の活用割合といったデジタルの浸透指標が一桁台に留まっている。これら産業のバリューチェーン上では、クラウド活用型アプリケーション、機械学習、ディープラーニング、電子商取引技術、IoT、5G、サイバーセキュリティその他を活用した100種類以上のユースケースを展開し、収益の拡大と原価および支出の抑制を図る余地がある。日本は2030年までにAI基盤を有する製造業や大規模なデジタル医療を確立し、高齢化への対応、商品購入チャネルの複数化、国境を越えた決済が簡単に行える革新的で合理的なモバイルバンキングシステムを実現しなければならない。
  • デジタル政府: 政府が戦略的必達目標を掲げ、通信環境、サイバーセキュリティ、クラウドリソースへのアクセスを整え、新たなアプリケーションの開発を支援する。さらに、公共機関におけるデジタルの適用をさらに推し進め、国民や企業に提供するサービスをデジタル化した上で、役所の訪問や書類、印鑑、ファックス、その他アナログ作業を伴う冗長な手続を廃止することである。
  • 経済の再生: 世界の老舗企業の半数以上が日本の企業だが、その多くで売上と収益力が低下しており、経済に活力を注入して再生する必要がある。この再生という任務に最もふさわしいのが一連のスタートアップ企業で、その任務を遂行するにはソフトウエアを駆使して世界各国の顧客の要求にしっかりと応え、現状の内向き体質とハードウエア依存を脱却しなければならない。創業者の背中を押し、人材を誘致し、スタートアップ企業の規模拡大を可能にするには再編が必要である。そしてもう一つ、経済再生の鍵となる要素が、日本のITサービス会社(システムインテグレータ)の改革である。ITサービス会社の技術関連支出は日本全体の技術関連支出の60%以上、IT人材採用数は同70%を占めており、経済再生にはITサービス会社がその顧客企業にデジタル化を促すことが不可欠である。デジタル化を実現するには事業の中核となるオペレーションの中にデジタル人材やデジタル技術を直に採用する必要があり、ITサービス会社は、そうしたデジタルな働き方への移行を支援する形の新たなサービスモデルを用意する必要がある。2030年に日本が歩んできた道を振り返った時、それは現代において最も示唆に富む改革の物語となっているかもしれない。日本にはそれだけの国力があり、頭脳明晰な国民がいて、質のよい資産が備わっている。必要な技術は今すぐにでも手に入り、改革の制約となるのは、ほとんどが人の意識や行動様式に関わる問題だけである。だが身に染み付いた慣習を変えることは、どんな改革にとっても今後に残された最大の課題となるだろう。その実現には強力なリーダーシップ、さらには何としてもやり遂げるという強い意志、そして幅広い適応能力が欠かせない。
図表 2

ACCJ(在日米国商工会議所)と共同で作成されたレポート全文、Japan Digital Agenda2030英語または日本語でお読みください。

本書の編集において知見の源となったのは、米国および日本の政財界のリーダーを対象に実施した施策進捗状況に関する定量的・定性的調査の結果(過去10年間)である。それには国内外の政府や企業の幹部、デジタル技術の専門家100名以上に対し実施された少人数の集中討議セッションの結果も含まれている。さらに200以上の情報源を駆使し、あらゆる業界、トピック、技術に関する重要情報を収集した。.