CEOの「四季」第一段階(準備)
立ち上がる

記事

「征服するのは山ではなく、自分自身である」

エドモンド・ヒラリー

世界最高峰のエベレストは、海抜約8,848mを誇る雄大な山である。多くの登山家が何年もかけて心と体を鍛え抜いて挑むも、登頂に成功するのはほんの一握りだ。1953年にエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイが初めて登頂に成功して以来、その後に続いたのはわずか5,000人ほどである。

エベレストでは頂上が近づくにつれ、登頂成功の難度が上がる。最終キャンプから山頂までの道のりは「デスゾーン」と呼ばれ、薄い空気と過酷な天候が、意識混濁や幻覚を伴う身体への深刻なダメージを引き起こす。しかし、その困難を乗り越えた精鋭たちには、魔法のような瞬間が待っている。登山家たちはこの瞬間に、文字どおり世界の頂点に立つのだ。

1950年代以降、フォーチュン500企業においてトップの座にたどり着いたのは、エベレストの登頂成功者よりも少ない。ゼネラルモーターズに18歳のメアリー・バーラがエンジニアインターンとして入社した当時、彼女がCEOになる確率は、雷に打たれる確率よりも低く、もちろん当時のゼネラルモーターズの従業員数である75万分の1よりもはるかに低かった。ところが、バーラは米国の自動車大手を率いる初の女性CEOとして就任し9年以上が経過している。

バーラはトップにたどり着く過程において、多くのフォーチュン500企業のCEOと同様、長いキャリアの中で学びを積み重ね、戦略的思考、関係構築、リスクテイク、誠実さ、謙虚さ、客観性、逆境を乗り越える力、スタミナ、決断力など、リーダーにとって重要なスキルを磨き、様々なポジションで成功を収めてきていた。しかし彼女は、CEOに就任する数年前に人事部への異動を命じられていた。それは優秀な女性がキャリアを終える場所として考えられてきたポストであったため、彼女はこの時、出世コースから外されたと感じた。

頂上にたどり着く直前に外されたバーラのようなリーダーの前には、エベレストの頂上を目指す登山家のように、最後の険しく厳しい登りが待っている。幹部候補の中には、このプロセスで出世コースから外されたと感じる人もいれば、トップマネジメントチームの一員となったものの、それ以上は望めないと気づくものもいる。また方向性を見失い、バランスを崩して脱落してしまう人もいる。時には、本人の能力や意思に関係のない要因によってCEO就任の機を逸する場合もある。財務会計ソフトウェア開発会社大手であるイントゥイットの元CEOブラッド・スミスは、「私の退任タイミングの環境を鑑みて、ササン・グダルジを次期CEOにふさわしいと判断した。当時、他の3人の候補も関連会社のCEOを務めており、それぞれがCEOとしては十分な適性を備えていた1」と語っている。

各々の成功を保証するものではないが、現幹部として今後企業のトップに立つ確率を高めるためには、以下の心構えが役立つだろう。

  • CEOになるためのモチベーションは本物かを問う
  • 大胆に結果をだし続けながら視座を上げる
  • 何ごとにも謙虚な姿勢で取り組み能力を最大化する
  • CEOの選考プロセスを理解し入念に備える

CEOになるためのモチベーションは本物かを問う

エベレスト登山に関して、経験豊富な登山家たちは口を揃えてアドバイスをする2。「頂上を極めることで自分をよく見せたい、あるいは自然や他人を征服するという意識で登ってはならない。自分を価値ある存在として認めてもらいたいというような承認欲求に頼りすぎると、他人の評価次第で自分の評価が左右されることになり、その結果、他人の目線に振り回されてしまう。すると、必死の思いで登っても頂上にたどり着けなかった場合、大きな挫折を味わうだろう。そして、たとえ登頂に成功し、無事に帰還し賞賛や名声を得たとしても、そのうち他の誰かに注目が集まり、自分の存在が忘れられることで虚しさに襲われるだろう」。

組織を率いることについても同様の見解が示されている。「CEOを目指すモチベーションの源泉がエゴだとすれば、長く維持することは難しいだろう」とシンシナティ小児病院医療センター元CEOマイケル・フィッシャーは言う。

表1では、フィッシャーのこの見解を掘り下げ、経営トップに相応しい人物かどうかの判断材料となるモチベーションの例を挙げている。

CEO になるためのモチベーション
テーマ維持しにくいモチベーション維持しやすいモチベーション
CEOを目指す理由自分が次に進むべきステップであり、より多くの権力、富と名声を手に入れることができるこの会社が生み出しうるインパクトについてエキサイティングなビジョンを持っており、その実現に向けて一体となって取り組んでいきたい
CEOに選ばれることの意味自分が価値のある存在であることが証明され、最終的な目標を達成したことを意味する組織が新たなスタートを切るにあたってCEOの役割を任されることは大変光栄なことである
CEOに選ばれないことの意味出世レースに敗れた。CEO の素質がない。周囲を失望させてしまったこの組織では適任者ではなかったかもしれないが、「なれる最高の自分」を目指したことには変わりない
CEOとして生み出しうる付加価値誰にも解決できない難題を自分が解決する鋭い問いや指摘を通じて、1人ひとりのポテンシャルを最大限に引き出す
CEOとしての考え方すべての取り組みの中心に自分がいて、常に周りが助けてくれる物事をひとつ上の視点から客観的に見定める必要があるため、孤独と向き合う必要がある
CEOとしての振る舞い組織のトップとして、自分の思い通りに物事を進めることができるすべてのステークホルダーに対応し、何事についてもしっかりと説明責任を果たす

もし、あなたの考え方が表の「維持しにくいモチベーション」に近い場合、CEOの仕事にやりがいを感じることは難しいだろう。CEOは、組織の方向を定め、組織整合させ、リーダーを動かし、取締役会を引き入れ、ステークホルダーと連携し、自身のパフォーマンスを最大化するために、どの役職よりも重責を担う。よって、トップの座にたどり着き、エゴが満たされたとしても、日々増大する要求を前にしてはわずかな慰めにしかならない。

長年にわたりCEOに関する研究を進めているスタンフォード大学の経済学教授ニコラス・ブルームは、自身が常に目の当たりにしているCEOの現実についてこう述べている。「大企業のCEOは週100時間働いている。自身の時間や人生を犠牲にし、強いストレスがかかる極めて過酷な状況に、私なら耐えられない。CEOになることで得られるものは多いが、総合的に考えると割に合わない3」。

マイクロソフトのCEOサティア・ナデラはこの仕事を「CEOは年中無休」と表現している。彼のメンターで、CEOを3度経験し、テクノロジー業界で影響力のあるコーチとして多くのリーダーを導いてきた故ビル・キャンベルは、「余裕をもってすべてのCEOの仕事をこなせる人などいない。常に自分のキャパシティを超えた仕事を任されるのがCEOなのだ」といつも言い聞かせていた。多くのCEOは、実のところナンバー2のポジションが一番良い仕事だと思っている。トップほど注目されないが、変化を生み出す機会に恵まれており、やりがいも報酬も十分に大きい。

適切なモチベーションや目指すものがなければ、CEOになるための労力に対して得られるものが見合わないだけでなく、成功する可能性も低くなる。シンシナティ小児病院医療センター元CEOのフィッシャーは、「自分が率いる組織やステークホルダーに対する細かい配慮や深い思いやりがなければ、逆境に立ち向かい、乗り越えることはできない」と述べている。

組織のトップを目指すのであれば、最後の登りにチャレンジする前に、自分の本心と向き合うことを勧めたい。もし、自分のエゴのために、あるいは義務感に駆られて目指すのであれば、様々な困難に直面しても誰も助けてくれない過酷な状況に置かれることになるということを、今一度肝に銘じておいてほしい。

一方、もしあなたが周りの皆も巻き込んで、共に早く新たな高みを目指したいという志や情熱を持つのであれば、それは非常に充実した体験となるだろう。アメリカン・エキスプレスの元CEOケン・シェノルトは、成功につながるマインドセットを「リーダーになりたければ奉仕に徹すること」と表現している。

自分のモチベーションや目指すものと向き合う際には、CEOという新しい任務が家族に与える影響も十分に考慮しなければならない。エーオンのCEOグレッグ・ケースは、「CEOになることが家族に与える影響は想像以上に大きい」としている。また、ゼネラル・ミルズの元CEOケン・パウエルは、「CEOになると報酬も仕事の失敗もすべてメディアにさらされ、子供に嫌な思いをさせることになるので、そこがつらい」と話す。CEOを目指す人々への彼のアドバイスは至極シンプルだ。「パートナーとよく話し合うこと。妻と私は『CEOになったら良いことも悪いこともあるよね』という話で落ち着いた」。実際、成功を収めたCEOはいずれも、成功するためには仕事に理解があって、サポートしてくれる配偶者やパートナーの存在が不可欠だ、と口を揃える。

大胆に結果をだし続けながら視座を上げる

2002年、ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ教授とマーティ・リンスキー教授が「ダンスフロア」と「バルコニー」という比喩を用いてマネジメントの資質を説いた。優れたリーダーは、最前線の「ダンスフロア」で日々の仕事を進め、一歩下がって「バルコニー」で大局的に物事を捉える2つを同時にこなす能力を持つ。この比喩はCEOを目指す際の次のような行動を示唆している。

  • ダンスフロアでつまずかない。つまり日々の業務を確実にこなすこと
  • 高いバルコニーに立って眺める。つまり自分の会社とそのステークホルダーを幅広い視点で捉えること
  • そして、バルコニーでもダンスフロアでも、つまりどの場面においても、大胆にふるまうこと

先述のゼネラルモーターズのバーラは、同社の最高人事責任者に就いたとき、次のステップについては考えず、今与えられたポジションで最大限できることをしようと決め、タレントマネジメント、リーダーシップ開発、報酬制度、福利厚生、ヘルスケアサポート、組織改革など様々な人事システムの刷新に取り組んだ。彼女はこうアドバイスする。「目の前にある仕事を一生の仕事だと思って取り組むべきだ。このような意識をもつことで、あなたは仕事に全力を傾けることができ、仕事をよりよく、そして有機的にドライブしていけるようになる4」。

「バルコニー」で持つべき視点として以下の3つが挙げられる。1つ目は「業界の未来を見据える視座」である。マイクロソフトのナデラは、CEOとして成功するには「世界がどこに向かっているのかについて、誰よりも高い視座を持っていなければならない」と語る。ナデラのCEO 就任以前、マイクロソフトでは外部からトップを招くのが通例であった。しかしながら、CEOの選考プロセスにおいてナデラが持つ独自の視点が高く評価され、CEO就任に至った。CEO候補者に自社の未来の捉え方とその理由を問う課題に対し、ナデラは「ソーシャル」「モバイル」「クラウド」について、他の候補者とは一線を画す先見的な戦略を示したのである。その後、ナデラ率いるマイクロソフトは世界で最も価値ある企業のひとつとなった。

2つ目は、自分の担当領域にとどまらず、「組織全体を見渡す広い視野」である。これは、様々な分野やポジションを渡り歩いてきた人には容易かもしれない。ただし、最後の厳しい登りで新しい領域に飛び込むのは得策ではない。ウエストパック銀行の元CEOゲイル・ケリーは「最後の段階で、2年ほどでは成果をあげることができないようなポジションに就くというミスを犯すCEO候補を何人も見てきた。これは決して良い結果にはつながらない」と語る。最後の段階で視野を広げる確実な方法は、全社レベルのプロジェクト、委員会や育成プログラムに参加すること。その中で、担当外の事業領域の理解に時間を使うこと。また意思決定においては、日々常に会社全体のことを考え、担当領域にとっての最善解ではないとしても全社目線で決断すること。

3つ目の視座は、「ステークホルダーを取り巻く環境を捉える視点」である。今日、大企業のCEOは様々な社会問題や環境問題に対する視点を持たなければならない。そのためには、従業員、顧客や取締役会の意向を把握し、それらに沿って指針を策定することが求められる。AI活用に関する倫理、格差の拡大、政治的分極化、地政学的不安定、気候変動による影響の悪化といった問題について、思慮深く、十分な根拠を持ち、個人としてではなく組織レベルの視点を確立するためには相当の時間と労力を要する。

最後に、バルコニーとダンスフロアの両方において、リスク回避の姿勢には注意が必要だ。経験豊富なメンバーで構成されている取締役会は、大胆に打って出る気概のないCEOが率いる企業は競合他社を上回る業績を上げる可能性が低いことをよく知っている。

ウエストパックのケリーは、これをクリケットに例える。「CEO 候補は、ただウィケットを守り、アウトを取られないように願うだけではなく、積極的に攻め、ボールを打っていかなければならない。『やりきった』と現状に満足することなく、常に前進しなければならない」。

ゼネラルモーターズのバーラの例をとると、彼女が最高人事責任者に就いて最初にやったことのひとつは、10ページにも及ぶ会社のドレスコードを廃止して「ビジネスの場にふさわしい服装をする」の一文に変更したことだ5。これは単に服装の自由にとどまらず、同社の文化を、100年来の厳格で父性的なものから、従業員の感覚を尊重し、権限を与えるものへと変えていくという意志を示すものであった。このような彼女の大胆な行動は、CEOと取締役会の目には、リーダーとして会社を未来に導くにふさわしい、際立った存在として映ったのである。

何ごとにも謙虚な姿勢で取り組み能力を最大化する

米国人の88%が自分は平均より運転が上手いと考えており6、学生の25%は他人とうまくやる能力で自分は上位1%に入ると思っている7。生活を共にするカップルに家事への貢献度を聞くと、その合計は100%を超えることもよくあるが8、いずれも統計的にあり得ない話である。これらは、我々が自分の行動を肯定的に捉えたり、自分の都合の良いように物事を解釈したりする傾向があることを示す例である。CEOを目指す場合には、こうした自身に内在する利己的バイアスを認識し、謙虚さをもってそれを克服するために、以下の点に留意する。

  • 求められている能力と自分の能力の客観的な評価
  • 進捗状況を把握しながら、認識した能力ギャップを埋めるべく努力する
  • CEOを目指すための駆け引きをしない

自分の能力を正しく評価するには、まず、会社が次のCEO に求める能力を知っておく必要がある。イントゥイットのスミスはこれを競馬に例える。「ケンタッキーダービー、プリークネスステークス、そしてベルモントステークスは、それぞれコース条件が大きく異なる。三冠馬が出にくいのは、これらのコース条件に対応できる競争馬が少ないからだ。よって、各コースへの適性を考慮したうえで競走馬を育てる必要がある。CEOを目指す場合、まず『この会社にとって最も必要なものとは何か』『今の自分にその能力があるのか』を冷静かつ客観的に把握することが重要だ」。

会社が求める能力を今の自分がどれくらい持っているかを把握するには、少なくとも次の4つの観点から整理する必要がある。1つ目は「経験と実績」( 変革プロジェクトのリード、PL 上の成果、会社の代表としての対外的活動など)。2つ目は「知識と専門性」(財務に関する適切な判断と迅速な決定能力、セールスリーダーとしてのスキルやテクノロジー、ターゲット市場・業界動向に関する知識など)。3つ目が「リーダーシップスキル」で、これには戦略的思考、幹部としての振る舞いや存在感、チームビルディングスキルや自分に対する深い理解などが含まれる。

最後が「人的ネットワークと評判」である。これには、社内における上司、同僚、直属の部下、影響力のある人などによる評価と、外部の投資家、顧客、サプライヤー、規制当局、コミュニティリーダーなどのステークホルダーや役員らの評価などが含まれる。

利己的バイアスの解消には、第三者の意見を求めることが必須となる。メンターや友人、同僚などから直接フィードバックを得ることも考えられるが、外部のコーチなど第三者に情報収集を任せ、360度評価を行うべきであろう。

ベスト・バイの元CEOユベール・ジョリーは、外部コーチの活用に対する自身の考え方の変化についてこう語る。「数年前までなら『スコットがコーチを雇ったらしい』と聞いたら『スコットはどうしたんだ。何か問題でも抱えているのか』と思っただろう。でも今は違う。エグゼクティブコーチは優れたリーダーの更なる成長をサポートする存在だ。テニスの世界ランキングの上位100人全員がコーチを雇っており、NFLのチームには100%コーチングスタッフがいる。ならば、経営幹部にコーチがいてもおかしくない」。g

以上の4つの観点で自分の評価を見定めた上で、自らに磨きをかけていく。実際に行動を起こし、身近な指南役と共に進捗状況の確認を繰り返す、学びの旅に出ることになる。

学びの場として、継続的なリーダーシップコーチングに加えて、様々なフォーラムやラウンドテーブルへの参加、他社の視察、必読書リストの作成、専門家によるブリーフィングや、メディア対応、取締役会でのプレゼンテーション、対外での代表活動など、経験を積み、人間関係を構築する機会の探求が含まれる。

この学びの旅においては、非常に微妙なバランスが要求される。自分がCEOを目指していることを知ってほしい人に自分の存在を認知してもらえるよう努める一方で、自己顕示欲が強く、ご機嫌取りに励んでいると思われないようにしなければならない。イントゥイットの元CEOスミスはこう述べる。「CEOを目指し始めた途端にうまくいかなくなった人をこれまで何人も見てきた。社内政治に時間を割くようになると、あっという間に出世のレールから外れることになる」。

ウエストパック銀行のケリーは、成功の秘訣についてこう語る。「政治的な駆け引きをしたり、人を貶めたりしても、何も良いことはない。自分を飾ることなく誠実であること、チームプレーヤーであること、そして、もし同じポジションを目指すライバルだったとしても、より大きな利益のために同僚を積極的にサポートすることが成功への鍵である」。

これは、本章の冒頭で触れた自身のモチベーションと求める成果に対する本心を問うことの重要性を裏づけるものである。維持できるモチベーションや目的がなければ、自分自身に対して誠実であり続けることは難しい。シンシナティ小児病院医療センターのフィッシャーはこうまとめる。「謙虚な野心家として心を静かに燃やし、日々学び、成長することで自信をつけていくことが大切である」。

バランスを保つことの効果は、CEO候補として有利な立場に立てることだけではなく、組織にもプラスに働く。サービス指向型リーダーが各自の役割・責任を確実に果たし、自己理解を深め、新たな能力を身につけ、実りある関係を構築すると同時に、お互いに連携し協力して会社全体の利益のために大胆な課題解決策を生み出していけば、組織は間違いなく良い方向に向かう。

CEOの選考プロセスを理解し入念に備える

エベレストの最終キャンプから山頂までの間に、登山家らに「南峰」と呼ばれるポイントがある。ここに到着すると、あと数時間でついに夢が叶うと実感するのだ。しかし、ここに彼らの行く手を阻むものがある。それがナイフ・リッジだ。「とてつもなく急峻な尾根を目にした瞬間、思わず息を呑む9」登山家たちは言う。

CEOの選考対象者に選ばれた場合も同様に興奮と恐怖が入り混じったような気持ちになるだろう。

取締役会による選考プロセスは企業によって異なるが、ほとんどの場合、以下のステップが含まれる。

  1. 一流ヘッドハンティング会社に依頼し、次期CEOに相応しい候補者を探す
  2. 次期CEOに求めるものを明確にする
  3. プロセスのどの段階でどのステークホルダーがどのような役割を果たすのかを決める
  4. 優秀な経営幹部も含め、社内外の候補者を洗い出し、アプローチするための初期調査を 実施する
  5. デューデリジェンスを徹底的に行い(ほとんどの場合、360度リファレンスも含まれる)、候補者 リストを絞り込む
  6. 一次面接を行い、有力候補者を絞り込む(この段階の面接はヘッドハンターが行うのが一般的)
  7. 候補者のスコアリングや比較を容易に行えるよう、心理状態、性格特性、コンピテンシーに 関する詳細なプロファイル表を作成する
  8. 最終面接では、各候補者の自社に対するビジョンとリーダーシップの質に加え、次期CEOに 求められる人物像にマッチしているかを探る
  9. 本人の同意を得たうえで、身元確認、信用調査、その他の欠格事由の確認など、厳格な デューデリジェンスを実施する
  10. 候補者の適格性について、すべてのステークホルダーの同意を得たうえで、正式にオファー を出す

本章で提示したアドバイスを取り入れていれば、取締役会から聞かれる質問への返答に詰まることはない。CEOになりたいと思った理由を明確に伝えることもできれば、会社がこれから目指すべき方向性や事業ポートフォリオ全体で価値をいかに生み出すかについて、大胆なビジョンも伝えることもできる。また、そのビジョンを会社が次期CEOに求めているものに関連づけて落とし込み、経験、知識、リーダーシップスキルやネットワークの観点から、自分こそが適任者だと根拠とともに示すこともできる。ここ3~5年の間に自分がどう成長したかだけでなく、自分の弱みや専門外の領域について助けが必要であることを明確かつ率直に伝えることもできる。さらに、この頃には自分らしいリーダーシップを発揮し、周りをサポートすることで、自主的かつ自律的に行動し、自分を助けてくれるメンバーも増えていることだろう。

ナイフ・リッジは無計画で克服できるほど甘くない。シンシナティ小児病院医療センターの元CEOフィッシャーは「取締役会にとってCEOの選任こそが最も重要な責務と考えれば、当然周到な備えが求められる」と言う。3社のCEO を歴任したフィッシャーは、面接対策として、自己PRの練習を行い、近しいアドバイザーに皮肉な質問をする面接官を演じるように頼み、模擬面接を重ねた。これにより、質問をある程度想定し、明快かつ説得力のある回答を準備することができたという。また、選考過程で提出した書類についても必ず第三者にも目を通してもらっていたという。フィッシャーの成功は、アメリカンフットボールのヴィンス・ロンバルディ監督の「勝つことへの意欲は、勝つための準備に向けた意欲ほど重要ではない」という名言を裏づけている。

マッキンゼーは、これまで経営トップを目指す数多くの経営幹部をサポートしてきた。その経験を踏まえ、選考プロセスにおいて最善を尽くすための、あまり知られていないが重要な10のアドバイスを紹介したい。

  • ヘッドハンターは選考委員会に自分を売り込んでくれる存在である。彼らと彼らが定めた プロセスを尊重し、方向性を無理矢理変えようとしない
  • 選考に関するすべてのやりとりを面接の一環として考える。プレゼンテーションや面接などの 公式の場でも、ディナーや突発的な面談のような非公式の場でも、最高の自分を見せる
  • 新鮮で大胆な視点を持つ外部の候補者と競うことになるということを肝に銘じておく。外部 の人間と同じように客観的な視点を示しつつ、内部の人間である自分の強みを明確に伝え られるようにする
  • 順序立てて要点を押さえながら説明する。自分が伝えたいことを相手は理解しているわけでは ない。よって、いかに分かりやすく腹落ち感のある言葉で伝えていくかが重要となる
  • 次期CEOを選ぶのは現職のCEOではなく、取締役会である。現職CEOからのポジティブ (あるいはネガティブ)なサインが、選考における自分の評価だと思い込んではいけない
  • 面接については、ビジネス以外に関する質問にも備えておく(例:「変化や逆境を乗り越える 力をつけるにいたった幼少期の体験について教えてください」)
  • 質問とそこに隠された意図を理解し、簡潔、明確かつ印象に残る言葉で答える
  • 伝えたいことを準備するだけでは不十分である。面接が終わった時に、相手が自分に対して どういう印象を持つかをよく考える(そしてそれに合わせてアプローチを変える)
  • 面接は双方向のコミュニケーションの場であることを忘れない。CEOの役割を理解するため に、自分からも質問をし、自分が求めているものと合致していることを確認する
  • そして、いつでも等身大の自分でいること。面接ではうまく取り繕えても、CEOという立場では ごまかしは効かない

本章は、主に社内のCEO候補者に向けた内容になっているが、自社以外でCEOを目指す人にとっても有益なものとなるだろう。また、ここでは最後のチャレンジに向かう時点の役職が、COO、CFO、事業部長などのいずれであったとしても有益となる洞察を提示するよう努めた。

とはいえ、現職のCFOがCEOを目指す場合、数字だけでなく俯瞰的な視点を備えていることに加え、前例のないことをするためにあえてリスクをとる、ファクトのみでなくストーリーによって周りを巻き込み士気を高められる、というような能力があることを実証しなければならない。よって、それぞれの立場に合ったアドバイスを求めることもお勧めしたい。


エベレスト登頂経験者は、「登頂に成功するかどうかは関係ない。頂上は山のほんの一部にすぎず、そこにたどりつくまでの道のりでこそ、自然が生み出した奇跡的な環境を体感できるのだ」と語る10。CEOを目指す道のりについても同様で、その過程でかけがえのない学びを得ることができる。高みを目指す強い意志があるなら、その学びを生かし、他の山の頂にもたどり着けるだろう。そして、頂上に達した時、あなたは経営の世界で最も優れた登山家の仲間入りを果たすのだ。

さあ、深呼吸をして新たな高みを目指そう。