ネットゼロ目標達成に向けたプロジェクト
デリバリーの変革

| インタビュー

今後ネットゼロ目標を達成するには、これまでとは違ったアプローチで資本を再配分する必要がある。ネットゼロを達成するには、2021年から2025年にかけて脱炭素化への投資全体を現在の投資レベルの3倍に引き上げるべき、という試算もあるほどだ1。 こうして急増するであろう投資計画に対応するには、プロジェクトの計画、開発、建設においてアナリティクスや最先端のツールをうまく活用するなど、新たなアプローチが必要となる。また、人材への積極的な投資は、組織の雇用と人材確保の改善だけでなく、革新的なソリューションや新しい機会を重視した炭素戦略の開発にもつながる。

今後直面する課題を克服するために必要なアプローチについて、マッキンゼーのトニー・ハンセンがメイスグループの会長兼CEOマーク・レイノルズ氏に話を聞いた。

マッキンゼー: 今後、ネットゼロ目標がますます増加すると予想されるなかで、建設産業にはどのような戦略的変革が必要か。

レイノルズ氏: 建設業におけるネットゼロ達成には、3つの基本要素がある。第一に、プロジェクトの初期段階でエンボディードカーボンとライフサイクルカーボンの両方を測定し、さらに設計段階や工期中もそれらの影響を最小限に抑えなくてはならない。第二に、10年毎に再開発を行なうのではなく、数十年後のさまざまな経済的・社会的ニーズを予測し将来を見据えた建設を行うべきである。そして第三に、グリーンインフラの構築にも継続的に注力し、生物多様性に配慮するとともに、今や不可避となった気候変動の影響にも対処する必要がある。

また、新築のプロジェクトよりリユース(再利用)やレトロフィット(改修)をより優先させる必要がある。しかし、上記のすべてに勝るものがある—それは、産業全体での協働だ。建設産業が一丸とならなければ、目標を達成することはできない。つまり、ナレッジをプールし、ベストプラクティスを共有するのだ。具体的には、請負や不動産セクターでは同業他社間の協力によってスコープ1、2、3排出枠に共同で対処すべく、産業全体で変革を推進していく必要がある。2気候変動は競争の機会ではなく、集団的なアプローチを必要とする危機だからだ。

マッキンゼー: プロジェクトデリバリーをスケールアップするには、プロジェクトの計画、設計、施行の各フェーズでどういった新しいアプローチが必要か。

レイノルズ氏: 早期介入が鍵となる。例えば、建設のフェーズでCO2削減の議論をするのでは、遅すぎる。計画、設計の段階で議論されなければならない。さらに言えば、 我々が今現在行っている設計については、早ければ2030年までに環境目標を達成しなければならない。

これまで、建設産業はすぐに手が届く果実、すなわち修正や根絶が容易な問題にばかり必然的に取り組んできた。その結果、残ったのはより複雑な問題である。こうした問題を克服するには、プロジェクトの設計・施工方法を根本的に見直すしか方法はない。大きなインパクトを与えるには、小手先のやり方では通用しないのだ。

近代的な工法も進んできているが、スコープ3排出枠に取り組むには産業全体で全面的に採用していく必要がある。例えば、オフサイト建設を増やしたり、地元で調達できる材料や製品を積極的に取り入れる、といったことだ。「今日から始めるとしたら、何を変えられるだろうか」 「過去の各プロジェクトは、抜本的に見直した仕様のもとで運営されていただろうか」と常に自問すべきである。

2022年には、議論がCO2の削減から脱炭素化や再生可能エネルギーへと移り、またライフサイクル全体におけるカーボンインパクトも検討されることを期待している。我々は、生物多様性の均衡を回復させなくてはならない。今日、我々が使用する資材の多くは炭素集約型である。このため、我々は低炭素セメントやリサイクルスチール、代替アルミニウムについて、また、製造方法や用途を、環境目標の達成に役立つよう適応するアプローチについて、より入念に検討する必要がある

新技術の研究開発に対する支援を強化し、投資を継続することは必要不可欠だ。しかしながら、変革の最大のチャンスを握るのは行政である。業界は行政と協力して、これら喫緊の課題を解決していく必要がある。例えば、建設計画に関する法改正が必要であり、財政政策も我々が目指すべき方向に転換していかねばならない。リユースは今や罰則の対象ではないはずだ。

マッキンゼー: ネットゼロの実現における最大の課題や障壁をどう予測しているか

レイノルズ氏:  変わろうとする意志がないことは、重大な課題だ。すべてのリーダー、すべてのチームは、何を設計し、いかにデリバリーを計画し、どこに何を建設するのかを含め、仕事の進め方を変革する覚悟が必要となる。気候変動はあらゆるビジネス判断の基礎となるべきであり、納得できない場合は集団で反対する姿勢をとらなくてはならない。実質的には、ライフサイクル全体の排出量評価を伴わない建設ソリューションに対し、業界が声を上げていかなくてはならない。

また、インフラのあり方も再考する時期に来ている。世界は目まぐるしく変化しており、人々がいま必要としているものと、近い将来に必要とされるものが同じとは限らない。地球の気温が1.5℃、2℃と上昇するなか、社会インフラをどう設計していくべきか。特に暑い気候の場合、現在の資産のパフォーマンス予測に依存するのではなく、レジリエンスを考慮した設計が必要だ。世界の気温や湿度は今後も上昇し、気候はいっそう不安定になる。その結果、行動様式にも変化が生じ、プロジェクトにおいてもそうした変化を予見する必要が出てくるだろう。数十年毎に建物を壊してはインフラを再構築するやり方を、続けていくことはできない。その代わりに、既存の資産を活用し効率性を高めるソリューションを、テクノロジーや行動変容の支援を通じて開発しなくてはならない。

データの活用は基本であるが、その目的や、データ活用によって何が達成できるのかを明確にしておかなくてはならない。現在地がわからなければ、目標には到達できないからだ。データは、我々が正しい方向に進んでいるか、付加価値を高めてモメンタム維持につなげているかを暗示する。建設業界は、二酸化炭素測定について一貫性のある、標準化された方式を確立する必要があり、また報告を義務化すべきである。そこではパフォーマンスの低い点を指摘するのではなく、関係者全員が利益を享受できるよう持続的なナレッジベースを構築し、共有することが重要となる。

マッキンゼー: これらの目標を達成するには、どのような組織能力やスキルが必要か。

レイノルズ氏: 炭素削減は非常に複雑な課題であり、ソリューションはかつてないスピードで進化している。業界の変革は、ムーアの法則よりも速いペースで進んでいる3。多くの企業は、専門家の力を借りてまずは現状を把握し、現実的な目標や戦略を立てる必要があるだろう。

カーボンは、我々のビジネスのあらゆる部分に関わっている。そのため、カーボンをあらゆる事業戦略の中心に据え、すべての企業課題の最上位に置かなくてはならない。一方で、最近行われた業界の炭素に関する年次調査から、炭素戦略を策定している企業はわずか35%にとどまることが判明している4

我々がこの数年間で得た最大の学びは、組織内のあらゆる階層に知識やモチベーションが眠っているということだ。従業員らは、より大きな目的のもとにキャリアを築きたいという情熱を持っている。組織内にあるそうした機会の大きさに気づいた我々は、明確なプラットフォームや組織文化を設定し、誰でも参加可能にした。その結果、革新的なソリューションや意欲をかき立てるような機会が生まれ、人材の採用と維持にも革新をもたらした。

成功する企業にはシステム、プロセス、そして高い分析力や技術力を持つ優秀な人材が揃っている。しかし、成功とは企業だけのものではなく、業界全体のものだ。そのためには、あらゆる優秀な人材を巻き込むことが肝要となる。


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